三鷹市: 歴史
現在の三鷹市に当たる区域は、武蔵国多磨郡内の一部として属していた。
1950年(昭和25年)11月3日に市制施行、三鷹町から三鷹市となった。多摩地域での市制施行は、八王子市(1917年)、立川市(1940年)、武蔵野市(1947年)に次いで4番目。
かつては武蔵野の純農村地帯であった市域は、大正期に関東大震災の被災者が東京市内から移住してきたことにより人口が増え始め、1930年(昭和5年)に省線三鷹駅が開業してからはさらに人口が増えていった。
1941年(昭和16年)の調布飛行場完成後、大沢に中島飛行機三鷹研究所が建設され、関連する軍需工場が進出して人口が急増した。第二次世界大戦中は一大軍需工業地帯となったため、米軍からの空襲の標的となり、1944年(昭和19年)11月のB-29による東京への初空襲(武蔵野町にあった中島飛行機武蔵製作所などを標的としたもの)を始め、三鷹町もたびたび空襲被害を受けることとなった。終戦後、中島飛行機三鷹研究所の跡地には国際基督教大学が開校している。
戦後は武蔵野市に続いて市制施行し、都心のベッドタウンとして発展した。1950年代の高度成長期には、牟礼団地・新川団地・三鷹台団地など公団住宅、また都営住宅などの団地が建設され、1960年代までの10年間で人口は倍増した。この時期には鉄道駅と団地を結ぶバス路線も次々開設された。
東京郊外の住宅街として、新宿へ中央線で直結する交通の便の良さと、緑豊かで平地が多く良好な住環境は人気となり、近年は「住みたい街」にもランキングされている。
1590年頃 - 牟礼村・大沢村・上仙川村が成立。
1690年頃 - 上連雀村・下連雀村・野崎村・野川村・北野村が成立。
1725年頃 - 井口新田・深大寺新田・野崎新田・大沢新田が成立。
1889年(明治22年)- 町村制の施行、および上記各村と上石原村・烏山村・下仙川村の一部の合併により、神奈川県北多摩郡三鷹村となる。
1893年(明治26年)- 三鷹村が東京府へ移管される。
1917年(大正6年) - 電気の供給が始まる。
1930年(昭和5年)6月25日 - 省線三鷹駅が開業。
1940年(昭和15年)- 町制施行により北多摩郡三鷹町となる。
1941年(昭和16年)4月30日 - 調布飛行場が竣工、主に陸軍が使用した。
1944年(昭和19年)- 中島飛行機三鷹研究所が完成。
1948年(昭和23年)6月13日 - 太宰治が玉川上水で入水。命日は「桜桃忌」と名付けられる。
1949年(昭和24年)7月15日 - 国鉄三鷹駅構内で、国鉄三大ミステリー事件の一つである三鷹事件が発生。
1950年(昭和25年)11月3日 - 市制施行により三鷹市となる。
1998年(平成10年)11月3日 - コミュニティバス「みたかシティバス」運行開始。
2001年(平成13年)10月1日 - 三鷹市立三鷹の森ジブリ美術館が開館。
2005年(平成17年)6月14日 - 世界の116団体からなる非政府系の国際組織、世界テレポート連合(WTA)の内部組織インテリジェント・コミュニティ・フォーラムが、2005年インテリジェント・コミュニティ・オブ・ザ・イヤーに三鷹市を選出。
2010年(平成22年)11月3日 - 市制施行60周年、記念事業を開催。
2020年(令和2年)11月3日 - 市制施行70周年、記念事業を開催。