宇治市: 歴史
古代
大化2年(646年) - 元興寺の僧道登が宇治橋を架ける。
弘文天皇元年/天武天皇元年(672年) - 近江朝が、宇治橋守に命じて大海人皇子の私糧運送を妨害させる。
永承7年(1052年) - 藤原頼通が平等院を建立する。
長承2年(1133年) - 宇治離宮祭が行われる。
治承4年(1180年) - 以仁王が源頼政と組んで挙兵。平等院で平氏の軍と戦い戦死。
治承7年/寿永2年(1183年) - 宇治川の戦いがおこる。源義経が木曾義仲軍を破る。
中世
承久3年(1221年) - 承久の乱がおこる。鎌倉方は宇治川から伏見を攻める。
弘安9年(1286年) - 叡尊が宇治橋大改修の供養を行う。亀山・後深草上皇が臨幸する。
文明18年(1486年) - 山城国一揆衆が平等院に集まり国中の掟を定める。
近世
元亀4年/天正元年(1573年) - 足利義昭が宇治の槙島城にて挙兵するも失敗し、織田信長に京都を追放される。
文禄3年(1594年) - 豊臣秀吉による太閤堤の建設がはじまる。宇治川の流路を変更し物流を伏見に集中させたことにより、宇治郷や岡屋津 の地理的優位性が大幅に低下する。
昭和時代
昭和12年(1937年)8月17日 - 陸軍の火薬製造所(現宇治駐屯地)が深夜に爆発、周辺一里(約4km)四方の民家も倒壊またはガラスが割れる被害。全焼も含め被害戸数は856戸。重軽傷22人。
1951年(昭和26年)3月1日 - 久世郡宇治町・槇島村・小倉村・大久保村と宇治郡東宇治町の2町3村が新設合併し、宇治市が発足。これにより、宇治郡が消滅。
1970年(昭和45年)3月1日 - 宇治市民憲章の制定。宇治市歌の制定。
1977年(昭和52年)10月1日 - 宇治市旗の制定。
1981年(昭和56年)3月1日 - 「市の宝木」を「ちゃの木」に、「市の木」を「もみじ(イロハモミジ)」に、「市の花」を「やまぶき」に制定。
1987年(昭和62年)10月16日 - 宇治市が、核兵器廃絶平和都市宣言を行う。
平成時代
1990年(平成2年)3月1日 - 「市の鳥」を「カワセミ」に制定/清流を好み、水質の示準鳥とされるこの鳥を、宇治川の象徴と捉えてのこと。
2003年(平成15年)12月25日 - 宇治市と久世郡久御山町の境界に変更あり。
2004年(平成16年)12月20日 - 宇治市と京都市の境界に変更あり。
2013年(平成25年)9月20日 - 「ちはや姫」を市の宣伝大使として任命。