日立市: 歴史
鹿野場遺跡・六ツヶ塚遺跡などから約3万年前の石器が出土しており、この地域には当時から人が定住していたと考えられている。
7世紀前半の国造の時代には、現在の日立市は、道口岐閉国造の本拠地で、多珂国の南端であった。この多珂国は、現在の日立市から福島第一原発付近(大熊)まで広がる沿岸国であり、『常陸国風土記』では大熊が「苦麻」「道後 (道の尻)」と呼ばれたのに対して、日立市は「助川」「道前 (道の口)」と呼ばれていた。そして、7世紀後半に律令制が浸透すると、この多珂国は常陸国に編入された。
戦国時代には佐竹氏の領土に入った。
佐竹氏は関ヶ原の戦いで西軍に与したために出羽国久保田へ転封となった。代わって水戸徳川家が治める水戸藩となり明治維新まで続いた。
元禄8年(1695年)旧9月 徳川光圀が神峰神社に参拝した時、海上から朝日の昇る様子を「朝日の立ち上る様は領内随一」として、一帯を日立と命名した。
天保7年(1836年) - 開国を迫る諸外国からの海防のため、9代水戸藩主徳川斉昭が築城した平山城である助川海防城が完成。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、多賀郡日立村・高鈴村(1925年より助川町)が発足。
1897年(明治30年)2月25日 - 日本鉄道の大甕駅と下孫駅(現在の常陸多賀駅)、助川駅(現在の日立駅)、川尻駅(現在の十王駅)が開業。
1905年(明治38年) - 久原房之助による日立鉱山(日立村内)の開発に伴い鉱山町として発展を始め、その従業員であった小平浪平が設立した日立製作所の規模拡大によって工業都市へと発展した。
1908年(明治41年)11月 - 日立鉱山専用電気鉄道が開業。
1910年(明治43年) - 小平浪平が日立製作所を設立。
1914年(大正3年)12月 - 日立鉱山から排出される煙害対策として、大煙突が完成。
1924年(大正13年)8月26日 - 多賀郡日立村が多賀郡日立町となる。
1925年(大正14年)1月1日 - 多賀郡高鈴村が多賀郡助川町となる。
1928年(昭和3年)12月27日 - 常北電気鉄道(後の日立電鉄)が大甕〜久慈(後の久慈浜駅)間を開業。
1929年(昭和4年)7月3日 - 常北電気鉄道が久慈(後の久慈浜)〜常北太田駅間を開業。
1939年(昭和14年)9月1日 - 多賀郡日立町・助川町が合併し、日立市となった。(県内2番目)
1940年(昭和15年) - 日立市の紋章を制定。
1945年(昭和20年):艦砲射撃(7月17日)と日立空襲(6月10日と7月19日の2度)で被災。市の約7割が灰となり、その被災規模は北関東でも上位であった。
1946年(昭和21年)11月18日 - 昭和天皇が日立製作所海岸工場、宮田国民学校などに行幸(昭和天皇の戦後巡幸)。
1947年(昭和22年)9月1日 - 日立電鉄が大甕〜鮎川駅間を開業。
1948年(昭和23年) - かみね公園の整備に着手。
1949年(昭和24年) - 日立市民の歌を制定。
1951年(昭和26年) - 平和通りが開通。街路樹として桜を植樹。
1955年(昭和30年)2月15日 - 多賀郡多賀町・日高村・久慈郡久慈町・坂本村・東小沢村・中里村を編入。
1956年(昭和31年)9月20日 - 多賀郡豊浦町を編入。
1957年(昭和32年)6月5日 - かみね動物園がオープン。
1959年(昭和34年)10月 - 日立港(現在の茨城港日立港区)第1船入港。
1960年(昭和35年)5月31日 - 日立鉱山専用電気鉄道が閉業。
1962年(昭和37年)
交通安全都市宣言をする。
日立市立記念図書館が開館する。
1965年(昭和40年)9月15日 - 日立市民会館が開館する。
1967年(昭和42年)6月 - 日立港が重要港湾に指定される(関税法に基づく開港)。
1975年(昭和50年)4月12日 - 日立市郷土博物館が開館する。
1977年(昭和52年)7月15日 - 日立市の花「サクラ」、日立市の木「ケヤキ」を制定。
1981年(昭和56年)9月 - 日立銅山が閉鎖。
1985年(昭和60年)
7月3日 - 常磐自動車道 日立南太田IC - 日立北IC間が開通。
核兵器廃絶、平和都市宣言をする。
1988年(昭和63年)11月 - 健康福祉センター「サンピア日立」(現:久慈サンピア日立)がオープン。
1989年(平成元年)9月1日 - 日立市の鳥「ウミウ」を制定。
1990年(平成2年)
平和通り・かみね公園が日本さくら名所100選に選ばれる。
11月8日 - 日立シビックセンターがオープン。
1991年(平成3年)
助川町の森林火災で約217haが焼失。
10月 - クリストとジャンヌ=クロードの『アンブレラ 日本-アメリカ合衆国、1984-91』開催。
1993年(平成5年)
2月19日 - 市のシンボルであった大煙突が約3分の1を残して倒壊。
10月20日 - 常磐自動車道 日立中央ICが供用開始。一般有料道路 日立有料道路が開通。
1994年(平成6年)5月28日 - 奥日立きららの里がオープン。
1995年(平成7年) - 終戦50周年記念事業として、平和の鐘を日立駅前広場に設置。
1998年(平成10年) - 日立地区産業支援センターがオープン。
1999年(平成11年)7月8日 - 旧共楽館(日立武道館)が登録有形文化財(建造物)として登録される。
2001年(平成13年)3月24日 - 国道6号 日立バイパス一部供用開始。
2002年(平成14年)12月5日 - 北朝鮮の貨物船「チルソン号」が日立港で座礁。
2003年(平成15年)2月26日 - 日立市のさかな「さくらダコ」を制定。
2004年(平成16年)
4月29日 - 吉田正音楽記念館がオープン。
11月1日 - 多賀郡十王町を編入。これにより、多賀郡が消滅。
2005年(平成17年)
3月 - ケーブルテレビ「JWAY」が日立市内で一部開局。
4月1日 - 日立電鉄線が廃止される。
環境都市宣言をする。
2006年(平成18年)8月11日 - 茨城県県北生涯学習センターが旧十王町役場跡地に開所。
2007年(平成19年)4月6日 - 日立市のイメージマーク、キャッチコピー、イメージカラーを制定。
2008年(平成20年)
1月21日 - 日立市消防拠点施設が神峰町に移転し業務開始。
11月1日 - 9日 - 第23回国民文化祭・いばらき2008が茨城県で開催。日立市は合唱の祭典、こども芸術祭などの会場となる。
2009年(平成21年)- 日立風流物が、ユネスコ無形文化遺産の「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に記載される。
2011年(平成23年)
3月11日 - 東日本大震災で被災し、震度6強を観測。死者13人、負傷者170人のほか、多数の住宅被害、ライフラインの被害などが発生。
4月7日 - JR常磐線 日立駅自由通路・橋上駅舎完成。
2012年(平成24年) - 日立駅情報プラザ「ぷらっとひたち」がオープン。
2013年(平成25年)3月25日 - 日立電鉄線跡地を活用した、ひたちBRTの第一期区間が開通。
2014年(平成26年) - 道の駅日立おさかなセンターがオープン。
2017年(平成29年)
1月21日 - 日立市 池の川さくらアリーナがオープン。
7月18日 - 東日本大震災で被災した市庁舎を建て替え、新市庁舎での一部運用を開始。設計は日立市出身の建築デザイナー妹島和世。
2018年(平成30年)
日立風流物が、ユネスコ無形文化遺産に「山・鉾・屋台行事」として再度記載される。
12月8日 - JR常磐線 大甕駅地下駅舎及び自由通路一部供用開始。
2019年(平成31年)3月30日 - 新市庁舎の整備事業がすべて完了。記念式典が開催される。
2019年(令和元年)
9月28日 - 10月8日 - 第74回国民体育大会・いきいき茨城ゆめ国体2019が茨城県で開催。日立市は体操(競技・新体操)、バスケットボール、卓球、軟式野球の会場となる。
9月29日 - 天皇・皇后が池の川さくらアリーナやウミウ捕獲場(十王町)を訪問。
2020年(令和2年)
3月19日 - 日立市公設地方卸売市場跡地に、複合商業施設「SEA MARK SQUARE」がオープン。
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