小山市: 歴史
=== 概略 ===
「小山」の地名は1,000年以上前の醍醐天皇の延長年間に和名抄の都賀郡(つがぐん、つがのこおり)の条に「小山郷」の記載があり、古くからこの地名が使われていたことがわかっている。起源について定説は無いが、もっとも流布されているのはこの地が思川に臨む台地にあり、西の低地から望むと小さな山の形をしていることからというものである。また、一説にはアイヌ語で「オ」は持つ、「ヤマ」は丘といい、丘に富んでいることから小山になったというアイヌ語起源説もある。
市内からは多くの土器や石器などが発見され、古墳などの遺跡が広範囲に分布していることから、古くから人類が生活し、集落をつくっていたと推察されている。古いものでは縄文時代中期頃の遺跡が発見されている(寺野東遺跡等)。
小山は鎌倉時代、鎌倉幕府の有力武家藤原秀郷流小山氏の居城、祇園城(ぎおんじょう)の城下であった。室町時代に幕府が京に移ると、守護の地位は国司・宇都宮氏や関東管領・上杉氏に授けられた。その後小山義政が守護に復帰するが、鎌倉府の不興を買い討伐される(小山義政の乱)。後に小山氏傍系の結城氏一門が小山氏に養子に入り再興されたが、戦国期には後北条氏の攻撃により祇園城を明け渡した。豊臣秀吉による小田原征伐の折、遺領は結城氏に与えられたが、結城氏は越前に移封となった後、嫡流が絶えた。江戸時代初期には祇園城に本多正純が3万石で入るが、間もなく16万石で宇都宮城へ移封となり、祇園城は廃城となった。以降、一時、城域の一部は将軍日光参宮のための休憩所「小山御殿」として使われたが、管理していた古河藩の財政難のおり廃止された。
江戸期の小山市域は日光街道の宿場町(小山宿、間々田宿、新田宿)及び、江戸川に通ずる思川の舟運によって栄えた。思川の河岸である乙女河岸は世に言う「小山評定」(徳川家康が、関ヶ原の戦いのため上杉景勝討伐をやめ、西に向かう評定をしたこと)時、上杉討伐のための兵馬の運搬に使われていたことから、以降、徳川幕府の厚い恩恵を受け日光東照宮造営のための資材船下ろし場となるなどして発展した。
1869年(明治2年)- 小山宿は宇都宮藩に属す。
1871年(明治4年)7月14日 - 小山宿が宇都宮県に属す→大区小区制により第三大区七小区、都賀郡小山宿と呼称。
1872年(明治5年)- 間々田・小山・羽川に郵便取扱所を設置。
1873年(明治6年)6月 - 宇都宮県の廃止及び各県管理地の整理により現市域全域が栃木県管轄となる。栃木県第一大区七小区と改める。同時に小山宿近隣15カ村の連合戸長役場を小山宿に設置。
1875年(明治8年)4月 - 栃木警察署小山分署開設。
1878年(明治11年)7月22日 - 郡区町村編制法により都賀郡が上都賀郡、下都賀郡に分割。現小山市域は下都賀郡に属す。
1885年(明治18年)7月16日 - 日本鉄道本線の大宮駅 - 宇都宮駅間が開通、小山駅開業。
1888年(明治21年)5月22日 - 両毛鉄道小山-足利間が開通。
1889年(明治22年)1月16日 - 水戸鉄道小山-水戸間が開通。
同年4月1日 - 市制・町村制施行により小山町・稲葉村・神鳥谷村が合併し下都賀郡小山町が誕生する。町役場は常光寺内に設置。
1894年(明治27年)4月1日 - 間々田駅開業。
1899年(明治32年)11月5日 - 観晃橋落成。
1907年(明治40年)11月 - 小山町に電話架設、通話始まる。
1911年(明治44年)
4月10日 - 思川駅開業。
11月20日 - 町役場を新築移転。
1913年(大正2年)1月 - 小山町で初めて電灯点灯。
1921年(大正10年)- 小山町で乗合自動車・貸切自動車の運行始まる。
1931年(昭和6年)5月 - 日本無線電信(現KDDI)、神鳥谷に小山送信所開設。
1945年(昭和20年)8月4日 - 小山駅付近、空襲による機銃掃射により3人死亡。
1947年(昭和22年)9月5日 - 昭和天皇が第一小学校に行幸(昭和天皇の戦後巡幸)。町長発声で万歳による奉迎が行われた。
1954年(昭和29年)
3月31日 - 下都賀郡小山町と大谷村が新設合併。市制施行。
9月18日 - 市制施行記念事業として市の紋章を公募・厳選のうえ決定。
1956年(昭和31年)4月24日 - 結城紬が重要無形文化財(工芸技術:染織)に指定。
1958年(昭和31年) - 東北本線上野~宇都宮間が電化完成。
1960年(昭和35年) - 小山遊園地オープン。
1962年(昭和37年)5月5日 - 下都賀郡桑絹町立羽川小学校前の国道4号に日本初の通学用歩道橋「愛の橋」完成。
1963年(昭和38年)4月18日 - 下都賀郡間々田町と美田村を編入。
1964年(昭和39年)10月31日 - 市役所本庁舎(旧庁舎)落成。
1965年(昭和40年)
4月24日 - 国立小山工業高等専門学校開校。
9月30日 - 下都賀郡桑絹町を編入。
10月10日 - 国道4号小山バイパス開通。
1968年(昭和43年) - 県立小山高校が夏の甲子園出場。
1969年(昭和44年)6月10日 - 市の人口が10万人を突破する。
1971年(昭和46年)10月13日 - 小山市旗が制定される。
1978年(昭和53年)
5月11日 - 「乙女不動原瓦窯跡」が国史跡に指定。
7月10日 - 市制施行25周年、小山市中央市民会館竣工。市民憲章・市花・市木・市鳥・市歌「小山わがまち」・市民音頭「小山音頭」を制定。
7月21日 - 「摩利支天塚古墳」が国史跡に指定。
1980年(昭和55年)6月1日 - 茨城県結城市と境界変更。
1982年(昭和57年)6月23日 - 東北新幹線大宮~盛岡間の開業に伴い、東北新幹線小山駅開業。
1983年(昭和58年)3月13日 - 小山市立博物館が開館。
1986年(昭和61年)4月 - 白鷗大学が開校。 …