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弘前市: 歴史

弘前市: 歴史

=== 江戸時代まで ===
津軽氏が治める弘前藩の城下町として栄えた。

1603年(慶長08年) - 堀越城主津軽為信が鷹岡(高岡、現・弘前)に築城を計画。
1609年(慶長14年) - 為信の死去により、2代藩主津軽信枚が築城計画を継ぐ。為信の菩提寺革秀寺を建立する。
1610年(慶長15年) - 鷹岡城の築城工事が開始される。
1611年(慶長16年) - 鷹岡城完成。寺社・家臣団・商人が移住する。
1627年(寛永04年) - 落雷により、鷹岡城の天守が炎上し内部の火薬に引火して大爆発、5層6階の天守、本丸御殿、諸櫓を焼失する。
1628年(寛永05年) - 鷹岡を、信枚の帰依する天海大僧正が名付けた弘前と改称する。
1650年(慶安03年) - 寺町の寺院を南溜池の南側に移す(前年5月の寺町大火による)。
1661年(寛文元年) - 4代藩主津軽信政が山鹿素行に入門。6月3日、初めて入国し、藩日記の記録始まる。
1682年(天和02年) - 樋ノ口川(現・弘前城跡西濠)を溜め切り、駒越川(岩木川)一筋とする。
1710年(宝永07年) - 信政没す。遺命により岩木山麓に埋葬し、社殿を建て高照霊社(明治初年高照から高岡と改称)とする。
1808年(文化05年) - 10万石に昇格する。
1809年(文化06年) - 支藩の黒石藩が成立。
1811年(文化08年) - 御三階櫓(天守代用)完成する。

1871年(明治04年)7月14日 - 廃藩置県により弘前県設置。
1871年(明治04年)9月 - 弘前県が青森県となり現在の規模になる。県庁が青森市に移転。
1872年(明治05年)11月27日 - 私立東奥義塾設立。
1873年(明治06年)10月1日 - 朝陽小学校完成。
1877年(明治10年)8月 - 西洋りんごが本県において初成り。
1878年(明治11年)3月 - 第五十九国立銀行開設(県内最初の銀行)。
1878年(明治11年)10月30日 - 青森県での郡区町村編制法施行により、津軽郡のうち弘前城下ほか1町111村の区域に行政区画としての中津軽郡が発足し、郡役所が弘前城下に設置される。
1883年(明治16年)8月 - 弘前農具会社設立。
1889年(明治22年)4月1日 - 全国30市とともに市制施行(県内初)し、弘前城下の大部分(紙漉町を除く)の区域をもって弘前市が発足。市制施行時の人口は3万1375人・世帯数は6240世帯。
1894年(明治27年)12月1日 - 奥羽本線弘前駅 - 青森駅間開通。
1895年(明治28年)5月21日 - 弘前公園が市民に一般開放される。
1898年(明治31年)10月 - 東北地方北半を管区とする第8師団が設置される。
1900年(明治33年) - 市章を卍に制定。
1901年(明治34年) - 市立弘前病院設置。
1906年(明治39年)3月22日 - 弘前市立図書館(堀江佐吉らによる洋風建築)竣工。
1906年(明治39年)5月10日 - 弘前市立図書館開館。
1909年(明治42年)6月1日 - 市内に電話開通。
1910年(明治43年)4月1日 - 県立工業学校(現・弘前工業高校)開校。
1918年(大正07年)5月7日 - 第一回観桜会(さくらまつり)開催。
1921年(大正10年)4月16日 - 官立弘前高等学校開校
1923年(大正12年)7月1日 - 県立工業試験場開設
1927年(昭和02年)9月7日 - 弘南鉄道弘前駅 - 尾上駅間開通。
1928年(昭和3年)4月1日 - 清水村大字紙漉町、並びに大字富田の一部(字吉田野、高田野、名屋場、富野、大野、寒ノ沢の全部及び字清水野、富山、桔梗野、桔梗流、童子森、寺田の一部)を編入。(大字富田の残部は後年清水富田と呼ばれる。)
1935年(昭和10年)8月22日 - 集中豪雨のため市内で浸水家屋多数。馬屋町、田茂木町は全町床上、床下浸水。
1936年(昭和11年)1月1日 - 弘前駅を含む和徳村大字和徳の全部、大字高崎字岩井の一部、大字堅田字富田の一部を編入。
1938年(昭和13年)2月21日 - NHK弘前放送局開局。

1947年(昭和22年)8月11日 - 昭和天皇の戦後巡幸。弘前市公会堂が行在所(宿泊所)となった。翌日、弘前城前奉迎場で市民が万歳による奉迎を行う。
1949年(昭和24年)
4月10日 - 津軽病院で火災。死者10人。
5月31日 - 弘前大学設置。
1955年(昭和30年)3月1日 - 中津軽郡清水村、和徳村、豊田村、堀越村、千年村、藤代村、新和村、船沢村、高杉村、裾野村、東目屋村を編入。東目屋地区が飛地となる。
1956年(昭和31年)8月31日 - 岩木村大字駒越の一部(河東地区と呼ばれた、字宮本、川原田、南袋)を編入。
1957年(昭和32年)1月15日 - 「弘前市民の歌」発表(制定主体は「藩祖為信公350年祭協賛会」で公式な市民歌とはされていないが、新設合併後も引き続き「市の推奨歌」として扱われている)。
1957年(昭和32年)9月1日 - 南津軽郡石川町を編入。
1960年(昭和35年)12月1日 - 弘前市立図書館が下白銀町1-6に移転。これまでの図書館施設は、旧弘前市立図書館として保存。
1961年(昭和36年) - 観桜会をさくらまつりに改称。
1962年(昭和37年) - 弘前市民会館完成。
1964年(昭和39年) - 第一回菊ともみじまつり開催。
3月15日 - 旧石川町の一部(大字森山の全部、大字小金崎字桜ノ木の一部、大字八幡館の字角田、泉田、川原の一部を除くほぼ全域、大字鯖石字一本柳、浅瀬渕、広田)を南津軽郡大鰐町に編入。(面積5.1㎡、世帯数290余戸、人口1418人)
1977年(昭和52年)
- 第一回弘前城雪燈籠まつり開催。
10月1日 - 昭和天皇が第32回国民体育大会開催に合わせ弘前市役所、県りんご試験場、津軽塗団地協同組合会館などに行幸。
1979年(昭和54年) - 弘前南部広域農道(アップルロード)、市内の東北自動車道開通。
1988年(昭和63年) - 砂沢遺跡で東日本最古(弥生時代前期)の水田跡が発見。
1989年(平成元年)4月1日 - 市制施行100周年を迎える。
1990年(平成02年) - 市制施行100周年の記念事業として追手門広場などが整備される。
1990年(平成02年)7月1日 - 追手門広場と弘前市立図書館の新施設が完成、共用開始。
2006年(平成18年)2月27日 - 旧弘前市、中津軽郡岩木町、相馬村が新設合併し、新制による弘前市が発足。
2006年(平成18年)11月15日 - 新弘前市の市章「卍」、市の花「さくら」、市の木「りんご」を制定。
2011年(平成23年) - 弘前城落成から400年を迎え、年間を通して弘前城築城400年祭を開催。

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Quelle: Text: Wikipedia – „弘前市“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: Feri88, CC BY 3.0 – Wikimedia Commons