Heimatgeschichte · Hadano ·

秦野市: 歴史

秦野市: 歴史

平安時代末期から鎌倉時代にかけて、平将門を討伐したことで有名な藤原秀郷の子孫・佐伯経範が1030年ごろ秦野に移り住んで波多野氏を名乗った。後に支流として、松田氏・渋沢氏・河村氏・栢山氏・大友氏・沼田氏などが出て、相模西北部にその一族の勢力を伸ばす。現在の秦野市内、足柄上郡松田町・山北町、南足柄市、小田原市の一部が相当し、波多野城は一族の居館であった。その後、鎌倉幕府の御家人となり、後の戦国大名の波多野氏となった。

1890年(明治23年)3月:市内の水道給水が開始。横浜、函館とほぼ同時期に、全国的にも極めて早い時期に水道が建設され、簡易陶管水道・自営水道としては日本初の曽屋水道が発祥。
1899年(明治32年)「秦野葉たばこ専売所(後の日本専売公社秦野支局)」が設置され、国家の後押しで本格的生産体制が確立する。
1906年(明治36年)8月1日:秦野で産出されていた葉タバコを東海道線の二宮まで輸送することを主目的として湘南軌道が開業。
1927年(昭和2年)4月1日:小田原急行鉄道(現在の小田急電鉄)小田原線が開通。同時に鶴巻駅(現・鶴巻温泉駅)、大根駅(現・東海大学前駅)、大秦野駅(現・秦野駅)、渋沢駅が開設される。
1981年(昭和56年)4月25日:東名高速道路秦野中井ICが完成。
1996年(平成8年)12月14日:秦野駅新駅舎の一部が供用開始される。
2010年(平成22年)5月23日:第61回全国植樹祭が秦野戸川公園で開催される。
2022年(令和4年)4月16日:新東名高速道路新秦野ICが開通。

1955年(昭和30年)
1月1日:中郡秦野町、南秦野町、東秦野村、北秦野村の2町2村が新設合併し、秦野市が発足。
4月15日:中郡大根村(真田を除く)を編入。
1963年(昭和38年)1月1日:中郡西秦野町を秦野市に編入、現在の市域が確定する。

現在の市名は「はだの」であるが、古くは『和名抄』に「波多野郷」とあり、万葉仮名は清濁を区別することから「はたの」であったと考えられる。1889年(明治22年)の町村合併で発足した「秦野」を冠する6町村のうち、上秦野村が「はたの」とした以外、1町4村は読みを「はだの」とした。現在では「はだの」としている。
小田急電鉄の駅名も現在は秦野駅(はだのえき)だが、かつては大秦野駅(おおはたのえき)だった。現在でも学校名や企業施設名などで「はたの」、"Hatano" が用いられているものがある。
なお、「秦野」の名称が秦氏に由来するとする説もあるが、直接の結びつきを示す文献資料や考古資料は見つかっていない。

von Fremdinhalte · Regionauts

Quelle: Text: Wikipedia – „秦野市“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: Σ64, CC BY-SA 3.0 – Wikimedia Commons