Heimatgeschichte · Fujinomiya ·

富士宮市: 歴史

富士宮市: 歴史

富士山信仰の中心地である関係で、富士信仰が由来である主要な建築物や勢力が影響を与えてきた。富士宮市大宮に位置した富士山本宮浅間大社、富士宮市村山を本拠とする村山修験(富士修験)とそれらを構成する富士山興法寺・村山三坊などが該当する。特に浅間大社の社家である富士氏は、政治面でも大きな影響力を保持してきた。初代富士氏と伝わる富士豊麿は富士郡大領となり、富士郡の長と言える立場であった。中世に入るとこの地一帯は「富士上方」と称され、この富士上方の国人として富士氏は支配力を強めていた。
中世においては、他に現在の富士宮市上井出地域に位置した井出氏なども頭角を表していた。源頼朝の富士の巻狩の際に活躍したとされている。これら富士氏や井出氏は、後の武田信玄の駿河侵攻の際には対抗勢力となった。この時の富士氏の当主富士信忠は大宮城(別称:富士城)の城主であり、武力を用いて戦を重ねていた。また今川氏に属しており、例えば1566年(永禄9年)に今川氏真により大宮の神田市を楽市化する旨の朱印状は富士信忠宛に発給されている。また楽市化された理由として大宮が商都として栄えていた背景があり、六斎市が定期的に行われていた地でもある。これらの様子を『信長公記』巻十五は「大宮は要害然るべきにつきて」と記し、大宮は交通の要衝であり要害であった。
北部では、富士金山は今川氏管理の金山であったと考えられ、採掘が行われていた。しかし今川氏は滅亡する道を辿ることとなり、氏真から信忠の嫡子富士信通へ暇を許す旨の判物が送られると、その後富士氏は武田氏に帰順した。その後は社家富士氏としての姿に統一され、神職として世襲を継続した。この立場は江戸時代においても一貫して揺るがず、富士山周辺の利権関係なども富士氏は中核をなしている。江戸後期の富士氏当主富士重本は軍人を経た後東京府麹町に残ったため、富士氏による浅間大社の大宮司としては最後の人物にあたる。

大鹿窪遺跡 定住集落跡の例としては、日本最古級であるとされている。(縄文時代草創期 約1万5,000 - 1万2,000年前)
若宮遺跡(縄文時代早前期 BC5,000 - 6,000年)
千居遺跡、滝戸遺跡の集落・配石遺構(BC2,000 - 3,000年)
806年(大同元年) - 平城天皇の命により坂上田村麻呂が現在の大宮の地に富士山本宮浅間大社の社殿を造営したと伝わる(『富士本宮浅間社記』)
富士氏の始祖と伝わる富士豊麿が富士郡大領となる(『富士氏系図』)
1149年(久安5年) - 末代上人が富士山頂に大日寺を建立(『本朝世紀』)
1180年(治承4年) - 鉢田の戦い(朝霧高原付近とされる)

1193年(建久4年) - 源頼朝が富士野で富士の巻狩りを行う(『吾妻鏡』)、曾我兄弟の仇討ちが起こる
1223年(貞応2年) - 北条義時が富士山本宮浅間大社の社殿を造営(『吾妻鏡』)
1290年(正応3年) - 日蓮の弟子日興が南条時光の寄進により大石寺を創建
1333年(元弘3年) - 後醍醐天皇が浅間大社に寄進
1335年(建武2年) - 足利尊氏・足利直義らが浅間大社に社領を寄進
1351年(正平6年/観応2年)12月 -薩埵峠の戦いにて足利直義方の主戦力が内房に陣を置き交戦
1433年(永享5年) - 今川範忠の駿河入国に際し、富士氏が反乱を起こす。
1462年(寛正3年) - 足利義政の推挙により富士忠時が能登守となる。
1466年(寛正3年) - 富士親時が富士大宮司となる。
1482年(文明14年) - 富士山興法寺が聖護院の末寺化。
1493年(明応2年) - 山本勘助生誕(『甲斐国志』においては生誕地とされている)
1561年(永禄4年) - 富士信忠が大宮城主となる。
1566年(永禄9年) - 今川氏真が富士大宮の神田市を楽市とする
1569年(永禄12年) - 武田軍の穴山信君と葛山氏元の連合軍の攻撃を富士信忠が退ける。同年7月、大宮城開城。
1571年(元亀2年) - 今川氏真が富士信通に感状を与え、富士氏の今川陣営からの離脱を認める
1582年(天正10年) - 織田信長・徳川家康連合軍が侵攻。この際に大宮城が焼失したと伝わる。
角行が、富士山麓の人穴に籠り修行を行う。

1604年(慶長9年) - 徳川家康によって富士山本宮浅間大社の社殿が造営される。
1609年(慶長14年) - 徳川家康が富士山本宮浅間大社に内院散銭の優先権を与える。
1779年 - 江戸幕府の裁定により、富士山本宮浅間大社が富士山の8合目以上を支配することが認められる。
1860年 - ラザフォード・オールコックが外国人として初めて富士登山を行い、大宮・村山口登山道から登る。大鏡坊に宿泊。
1896年(明治29年)7月8日 - 富士山本宮浅間神社が官幣大社に昇格。
1906年 - 富士登山道の大宮口新道が開かれる。

von Fremdinhalte · Regionauts

Quelle: Text: Wikipedia – „富士宮市“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: Chad, CC BY 2.0 – Wikimedia Commons