那須塩原市: 歴史
=== 縄文時代 ===
縄文時代中期〜後期 槻沢に集落が形成される(槻沢遺跡)。同遺跡出土の深鉢形土器30箇は国の重要文化財に指定。
806年(大同元年) - 塩原元湯で温泉が発見されたと伝えられる
1059年(康平2年) - 那須三郎宗重、板室(塩沢)温泉を発見
1156年(保元元年) - 塩原八郎家忠が塩原・三依・横川を領し、八郎館を築
1184年(康平元年) - 平貞能、宇都宮朝綱を頼って、塩原に草庵を結ぶ
1185年(康平2年) - 黒館五郎、磯勝光らが黒磯を開いたと伝えられる
1193年(建久4年) - 源頼朝が那須野ケ原一帯で大規模な巻狩りを行う
1314年(正和3年) - 妙雲寺が開山される
1394年~ (応永年間) - 茶臼岳で大規模な爆発が発生。その後噴火が頻発し黒磯にも降灰したと伝えられている。
1476年(文明8年) - 小山伊勢守が塩原を領有する。
1624年~ (寛永年間) - 宇都宮藩主奥平忠昌、古町温泉に入湯する。
1627年(寛永4年) - 奥州街道が整備される(このころ鍋掛宿が誕生)。
1645年(正保2年) - 原街道(氏家~白河)ができる。
1646年(正保3年) - 越堀宿が誕生。
1658年(万治元年) - 新田開発のための長島堀開削。
1659年(万治2年) - 元湯温泉が地震のため大被害を受ける。
このころ、岩崎掘り開削。
1695年(元禄8年) - 会津中街道が開通する(高林、百村、板室、三斗小屋などが宿となる)。
1713年(正徳3年) - 下塩原村(福渡、塩釜、塩の湯、畑下、門前、古町)誕生。
1765年(明和2年) - 穴沢用水(旧木ノ俣用水の前身)開かれる。
1771年(明和8年) - 蟇沼用水が石林から大田原まで延長される。
1783年(天明3年) - 那須地方を大飢饉が襲う(天明の大飢饉)。
1781年~(天明年間) - 蟇沼用水取入口拡張、大田原城下へ至る新堀開削。
1810年(文化7年) - 山口堀開削。
1830年(天保元年) - 大田原宿の商人若林善兵衛が南郷屋あたりを開墾。
1842年(天保12年) - このころ米沢藩士加勢友助らが加治屋あたりを開墾。
1846年(弘化3年) - 茶臼岳噴火、この時の噴火以来噴気活動を持続する。
1868年(慶応4年・明治元年) - 戊辰戦争(板室、塩野崎、三斗小屋で戦いが起きる)。石林の民家が焼かれる。塩原温泉に旧幕府軍が駐屯し、全村149戸が会津藩に焼かれる。
1873年(明治6年) - 日新館(鍋掛小前身)、又新学舎(穴沢小前身)、道明学舎(寺子小前身)、開生校舎(塩原小前身)、金沢学校(金沢小前身)開校
1874年(明治7年) - 草風学舎(大原間小学校前身)、明道学舎(高林小前身)、教明学舎(波立小前身)、関谷学校(関谷小前身)、高貫学校(大貫小前身)、横接学舎(横林小前身)、開進学舎(上塩原小前身)開校
1875年(明治8年) - 化成学舎(黒磯小前身)、修身学舎(鴫内小前身)、育才学舎(槻沢小前身)開校
1878年(明治11年) - 千本松に観象台設置
1879年(明治12年) - 烏が森丘上に内務卿伊藤博文・松方正義を迎え、印南丈作・矢板武が水路の計画を説明
1880年(明治13年) 山形県令三島通庸ら、肇耕社を開設、印南丈作・矢板武ら那須開墾社を開設
1881年〜1887年 (明治14年~20年) 漸進社・那須東原開墾社・青木農場・佐野開墾・共墾社・毛利農場・戸田農場などの農場が開設される
1881年(明治14年) 大山巌・西郷従道、加治屋開墾場を開設、 郡司忠平ら、郡司開墾を開設、 板室小学校開校、那須岳爆発
1882年(明治15年) 肇耕社の一部に三島村誕生、 那須原飲用水路(細竹~千本松)が完成
1884年(明治17年) 新陸羽街道(国道4号)開通、 栃木県令三島通庸が塩原新道(塩原街道)を開通させる、晩翠橋仮橋落成。
1885年(明治18年) - 日本三大疏水の一つ那須疏水通水
1885年(明治18年) - 那須開墾社・加治屋開墾場の区域に那須野村(のち西那須野村)が起立。
1886年(明治19年) - 宇都宮~黒磯間の鉄道開通〔黒磯、那須(西那須野)駅開業〕、塩原への人力車運行。
1888年(明治21年) - 大蔵大臣松方正義、農場〔後の千本松(松方)農場〕経営を始める。外務次官青木周蔵、別邸建築。 奥蘭田が塩原温泉へ来る
1891年(明治24年)5月1日 - 那須駅が西那須野駅に改称される。
1892年(明治25年) - 烏森簡易小学校が西那須野尋常小学校西校(西小学校)となる。乃木希典、石林に別荘建築。
1893年(明治26年) - 西那須野尋常小学東校(東小学校)開校。 新木ノ俣用水開通。
1894年(明治27年) - 晩翠橋落成。
1895年(明治28年) - 国木田独歩が佐々木信子と古町の上会津屋に宿泊。
1896年(明治29年) - 長塚節塩の湯玉屋に2ヶ月滞在。
1898年(明治31年) - 東那須野駅(現・那須塩原駅)開業。
1899年(明治32年)6月 - 尾崎紅葉が畑下の清琴楼に宿泊。
1902年(明治35年) - 皇太子行啓。狩野第二尋常小学校(三島小学校)開校。元帥陸軍大将陸軍参謀総長大山巌、別邸建築。 関谷宿大火。
1903年(明治36年) - 西那須野尋常小学南校(南小学校)開校。 松方正義、別邸建築。三島通庸の別邸を献上を受けて塩原御用邸を造営。
1904年(明治37年) 青木周蔵が私立青木尋常小学校(現・青木小学校)開校。
1908年(明治41年)
3月21日 - 森田草平と平塚雷鳥が尾頭峠で心中未遂事件を起こす。
西那須野~大田原間に那須人車軌道開通、斉藤茂吉塩原に滞在。
1911年(明治44年) 中塩原(現・塩原小中学校)に日本酢酸製造会社塩原木工乾溜工場が操業開始
1912年(明治45年・大正元年) 塩原水力電気株式会社が電灯の供給を開始。東那須野村から黒磯町が分立。 関谷~西那須野間に塩原軌道が開通。8月に夏目漱石が塩原に滞在。
1914年(大正3年) 黒磯~那須間に乗合自動車が運行開始。
1918年(大正7年) 西那須野~黒羽間に東野鉄道が開通。 黒磯興業株式会社(銀行)開業。
1922年(大正11年) 塩原軌道、電車に改め西那須野から塩原口まで開通(昭和10年廃止)。
1925年(大正14年) 黒磯町立実践女子校(黒磯高等学校の前身)開校。 …