印西市: 歴史
=== 沿革 ===
江戸時代は利根川の水運が盛んで、物資移送や香取神宮、鹿島神宮、息栖神社の三社詣などで木下街道付近にあった木下河岸が栄えた。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、印旛郡木下町、大杜村、船穂村、永治村、六合村、宗像村、本郷村、埜原村が誕生。
1901年(明治34年)4月1日 - 成田鉄道安食 - 我孫子間が開通。木下駅が開設される。
1913年(大正2年)3月1日 - 大杜村が町制施行・改称して大森町となる。
1913年(大正2年)4月1日 - 本郷村、埜原村が合併して本埜村が誕生。
1920年(大正9年)9月1日 - 成田鉄道が国有化され、成田線と呼称。
1941年 (昭和16年)4月28日 - 逓信省印旛地方航空機乗員養成所(通称・印旛飛行場)が開設される。
1954年(昭和29年)
8月26日 - 印旛少年院から76人が脱走。少年院からの逃亡としては日本最多。翌8月27日には、ほとんど全員が捕まったが、職員に対する不満が原因といわれている。
12月1日 - 木下町、大森町、船穂村、永治村(平塚・谷田・清戸・十余一を除く)の2町2村が合併し、印旛郡印西町が誕生。
1955年(昭和30年)3月10日 - 六合村、宗像村が合併し、印旛村が誕生。
1961年(昭和36年)7月27日 - 沼南町(現柏市)と印西を結ぶ手賀沼架橋完成。
1967年(昭和42年)12月27日 - 印西都市計画千葉北部地区新住宅市街地開発事業(千葉ニュータウン事業) 施工の都市計画決定。
1970年(昭和45年)9月21日 - 交通安全宣言町を宣言。
1976年(昭和51年)8月3日 - 町役場が現在地に移転。
1981年(昭和56年)12月4日 - 公共下水道供用開始。
1984年(昭和59年)3月1日 - 印西町役場千葉ニュータウン出張所開所。
3月16日 - 千葉ニュータウン入居開始。
3月19日 - 北総鉄道北総線(千葉ニュータウン線)が開通し千葉ニュータウン中央駅開業。
6月6日 - 北千葉揚排水機場完成。
1988年(昭和63年)4月1日 - 印西町民憲章制定。
1991年(平成3年)3月31日 - 北総開発鉄道北総・公団線都心直通乗り入れ開始。
1993年(平成5年)4月1日 - 全国町村人口日本一(人口51,753人)となる。
1994年(平成6年)1月 - 日本医科大学千葉北総病院が開設。
7月6日 - 文化ホール、図書館オープン。
1995年(平成7年)4月1日 - 北総開発鉄道北総・公団線印西牧の原駅開業。千葉ニュータウン西の原エリアへの入居開始。
10月11日 - 非核平和都市を宣言。
1996年(平成8年)3月22日 - 市制施行の自治省(現・総務省)官報告示。
4月1日 - 単独市制施行「印西市」となる(県内31番目、全国666番目)。
2000年(平成12年)4月28日 - 県立北総花の丘公園がオープン。
6月1日 - 千葉ニュータウン中央駅北口広場の供用を開始。
7月22日 - 北総開発鉄道北総・公団線印旛日本医大駅開業。
2004年(平成16年)11月20日 - 健康都市を宣言。
2008年(平成20年)1月15日 - 歩行喫煙、ポイ捨て等防止条例が施行。
2010年(平成22年)3月23日 - 印旛郡印旛村と本埜村を編入。
2010年(平成22年)7月17日 - 成田スカイアクセス開業。
2016年(平成28年)4月1日 - 市制施行20周年記念式典を開催。キャッチフレーズは「世代を超えて未来を創る印西市」。
2017年(平成29年)2月12日 - 市制施行20周年を記念して印西スマイルマラソンを開催。
2018年(平成30年)5月29日 - 人口10万人を突破。
2023年(令和5年) 1月6日 - 人口11万人を突破。
2003年、印西市・白井市・印旛郡印旛村・本埜村の2市2村の合併が検討され(北総市構想)、2003年4月1日には「印西市・白井市・印旛村・本埜村合併協議会」が設立されていたが、2004年7月の白井市で行われた住民投票で反対票が過半数を占め、同年8月31日に合併計画は白紙となった。
その後、2008年に印西市・印旛村・本埜村の1市2村の枠組みで、市町村の合併の特例等に関する法律(新合併特例法)の期限である2010年3月末までの合併に関する話合いを行うために、2008年10月24日に合併問題懇談会が、それぞれの市村の長および議会議員の代表により構成され設置された。そして、2009年1月9日には印西市・印旛村・本埜村合併協議会(法定)が設置された。
合併の期日は2010年(平成22年)3月23日、合併方式は印西市に印旛村・本埜村を編入する編入合併、新市の名称は「印西市」とすることで合意したが、本埜村の小川利彦村長(当時)が、「現時点で合併の必要を感じていない」などと発言し、実現性が不透明な状態となった。混乱の末、2009年12月に小川村長のリコールが成立し、これを受けて合併申請が行われ、2010年3月5日総務省告示第73号で合併が決定した。これにより、予定通り2010年3月23日に「新・印西市」が誕生することになった。