小樽市: 歴史
小樽市は北海道では古い歴史を有しており、古くは北前船の拠点でもあった。慶長年間には松前藩の商場(あきんば)が置かれていたとしている。明治になり蝦夷地を北海道と改めて本府を札幌に定めると、海の玄関口である小樽にヒトやモノが集まるようになった。 西川傳右衛門ら近江商人の活躍があった伝わる。
1880年(明治13年)には北海道内初となる鉄道が手宮 - 札幌間に開通し、小樽港は道内各地への開拓民の上陸や物資陸揚げの港となり、昭和初期にかけて金融機関や船舶会社、商社などが進出して北海道経済の中心都市として発展した。日露戦争後は領土となった南樺太へのアクセス拠点でもあった。
丘陵が迫り後背地が狭い港湾都市であったことが仇となり、戦後になるとニシン漁の不漁や樺太の喪失、石炭需要の減少、道内他都市の港湾施設整備などによって卸商が衰退、札幌市が北海道の中心都市として発展すると小樽市は衰退の一途を辿るようになる。「運河論争」を機に明治後期から昭和初期にかけての歴史的建造物を観光資源として見直し、観光都市として脚光を浴びるようになった。
「小樽市のあゆみ」参照
縄文文化、続縄文文化が栄えた。装飾土器が出土している。市内の手宮洞窟の岩壁には古代文字(北海道異体文字)が描かれ、郊外の忍路には忍路環状列石(ストーンサークル)がある。
658年(斉明天皇4年):阿倍比羅夫が現在の後志支庁に到達し、地元の蝦夷を歓待したとの伝承がある。
1596年(文禄5年/慶長元年):渡島福山(現在の松前町)の住人八木勘右衛門が、オタルナイに入る。
1674年(延宝2年):オショロ場所(忍路郡)に蝦夷大国主神社(忍路神社の前身)創建。
1690年(元禄3年):オタルナイ場所に小樽稲荷神社とタカシマ場所に高島稲荷神社創祀。
1774年(安永3年):タカシマ場所(高島郡)に恵美須神社創建。
1780年(安永9年):オタルナイ場所の銭函村以北の鎮守として尊伝稲荷神社(豊足神社の前身)創祀。
1857年(安政4年):オタルナイ場所に海雲山龍徳寺開山。同時期にタカシマ場所に妙龍寺開山。オタルナイ場所請負人恵比須屋半兵衛によって銭函 - 小樽間道路開削。
1859年(安政6年):オタルナイ場所に水天宮創祀。
1862年(文久2年):オショロ場所に徳源寺開山。
1865年(元治2年):江戸幕府がオタルナイを村並とする。
1869年(明治2年):開拓使を置き蝦夷地を北海道と改称。「オタルナイ」を「小樽」と改称。
1872年(明治5年):色内村に石造ふ頭を築造(1873年完成)。
1880年(明治13年):手宮 - 札幌間に北海道最初の鉄道「官営幌内鉄道」(後の手宮線・函館本線)開通(日本国内でも3番目)。
1889年(明治22年):小樽港が「特別輸出港」指定
1899年(明治32年):北海道区制施行し、小樽区となる。開港場指定
1901年(明治34年):区章(現在の市章)制定
1903年(明治36年):小樽 - 余市間の鉄道が開通し、小樽中央駅(現在の小樽駅)開設。
1908年(明治41年):小樽港北防波堤完成(日本国内初となる本格的なコンクリート製の防波堤。広井勇設計)。
1909年(明治42年):4月25日に手宮町、色内町より出火。738戸焼失。
1911年(明治44年):小樽高等商業学校(現在の小樽商科大学)開校
1911年(明治44年):5月16日、手宮裡町より出火し大火。焼失戸数1000戸以上。
1914年(大正3年):小樽運河第1期埋立事業起工
1916年(大正5年):小樽為替貯金支局(現在の小樽貯金事務センター)開設
1918年(大正7年):『開道五十年記念北海道博覧会』開催
1920年(大正9年):第1回「国勢調査」実施。小樽区の人口は108,113名であり函館についで道内2位、札幌区の人口102,580名より多かった。
1921年(大正10年):小樽港南防波堤完成
1922年(大正11年):市制施行し、小樽市となる。
1923年(大正12年):第1回『全日本スキー選手権大会』開催。小樽運河第1期工事完成
1924年(大正13年):小樽駅構内の波止場で荷揚げ作業中の爆薬13トンが爆発。死者・行方不明者85人、負傷者264人。
1931年(昭和6年):『小樽海港博覧会』開催
1933年(昭和8年):小樽 - 札幌間国道完成
1936年(昭和11年):昭和天皇の北海道巡幸。市内では小樽高等商業学校、公会堂などに巡幸。小樽桟橋から御召艦比叡に乗艦して離道。
1937年(昭和12年):北海道開発70年『北海道大博覧会』開催
1940年(昭和15年):高島郡高島町、小樽郡朝里村を合併。これにより、高島郡及び小樽郡が消滅。
1945年(昭和20年):アメリカ軍による空襲(北海道空襲)
1948年(昭和23年):小樽市消防本部発足。
1949年(昭和24年):『開港50年記念港まつり』(『おたる潮まつり』の前身)開催。
1951年(昭和26年):小樽港が「重要港湾」指定。
1954年(昭和29年):1月、映画館「富士館」で火災。500人が避難、焼死者7名、重軽傷者12名を発生させた。
:朝里川温泉開発。『第9回国民体育大会』開催。昭和天皇、香淳皇后が行幸啓。
1958年(昭和33年):忍路郡塩谷村を合併。これにより、忍路郡が消滅。『北海道大博覧会』開催。
1963年(昭和38年):小樽市民会館開館。小樽の海岸が「ニセコ積丹小樽海岸国定公園」指定。
1964年(昭和39年):日本国有鉄道(国鉄)小樽 - 南小樽間の鉄道高架完成。
1965年(昭和40年):『開基100年記念式典』挙行。市民憲章制定。
1966年(昭和41年):ソビエト連邦(現在のロシア)ナホトカと姉妹都市提携。
1967年(昭和42年):第1回『おたる潮まつり』開催。
1968年(昭和43年):函館本線小樽 - 滝川間電化。
1970年(昭和45年):小樽港にフェリー就航。
1971年(昭和46年):札幌小樽道路(現在の札樽自動車道)開通。
1972年(昭和47年):『市制50周年記念式典』挙行。
1973年(昭和48年):小樽市公設青果地方卸売市場新築移転。
1974年(昭和49年):北海道薬科大学開校(2015年に札幌市手稲区へ移転)。小樽市総合体育館開館。
1975年(昭和50年):石狩町(現在の石狩市)の一部(銭函4・5丁目)を編入。第1回『ウインターフェスティバル』開催。
1977年(昭和52年):北海道立小児総合保健センター開設(2007年に札幌市手稲区へ移転し、北海道立子ども総合医療・療育センター(コドモックル)となる)。
1978年(昭和53年):潮見台記念シャンツェ完成。第1回『ポートフェスティバル』開催。市立小樽文学館開館。小樽市公設水産物地方卸売市場開設。
1979年(昭和54年):市立小樽美術館開館。
1980年(昭和55年):『第35回国民体育大会』冬季大会スキー競技会開催。『北海道鉄道開通100年記念式典』開催。ニュージーランドダニーデンと姉妹都市提携。
1981年(昭和56年):おたる望洋パークタウン分譲開始。
1982年(昭和57年):石狩湾新港に第1船入港。
1983年(昭和58年):北海道立中央乳児院移転(2009年民間移譲)。北海道初の景観条例となる「小樽市歴史的建造物及び景観地区保全条例」制定。
1984年(昭和59年):『'84小樽博覧会』開催。
1985年(昭和60年):第1回『小樽国際音楽祭』開催(2005年終了)。
1986年(昭和61年):小樽運河散策路完成。地方都市中心市街地活性化計画(シェイプアップマイタウン)モデル都市指定。おたる自然の村オープン。北海道職業訓練短期大学校(現在の北海道職業能力開発大学校)開校。朝里スカイループ(ループ橋)開通。
1987年(昭和62年):郵トピア構想モデル都市指定。昭和62年度『全国高等学校総合体育大会』体操競技・新体操大会開催。
1988年(昭和63年):「小樽市都市景観賞」創設。
1989年(平成元年):『第44回国民体育大会』(はまなす国体)体操競技・新体操大会開催。
1990年(平成2年):小樽市観光物産プラザ(運河プラザ)オープン。小樽港マリーナ開港。第1回『伊藤整文学賞』贈呈式(2014年終了)。
1991年(平成3年):石原裕次郎記念館開館(2017年閉館) …