Heimatgeschichte · Sakata ·

酒田市: 歴史

酒田市: 歴史

平安時代に朝廷が出羽国の国府として築いたとされる城輪柵跡があるように、地域の歴史は古い。酒田の街は袖の浦(現在の酒田市宮野浦)に移り住んだ奥州藤原氏の家臣36人が、1521年ごろに最上川の対岸に移り、砂浜を開拓し作ったと言われている。袖の浦は中世には貿易の中継地だった。
1672年に河村瑞賢が西廻り航路を確立すると、北前船の寄港地として酒田はますます栄えるようになった。その繁栄ぶりは「西の堺、東の酒田」ともいわれ、秋田土崎湊と並び、羽州屈指の港町として発展した。日本永代蔵に登場する廻船問屋の鐙屋(あぶみや)や、戦後の農地改革まで日本一の地主だった本間家などの豪商が活躍し、街は三十六人衆という自治組織により運営されていた。元禄2年6月13日(1689年7月29日)に松尾芭蕉がおくのほそ道で訪れている。

1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により飽海郡酒田町が発足。
1894年(明治27年)10月22日 - 庄内地震発生。市街地の8割が地震後に発生した火災により焼失。
1908年(明治41年)11月18日 - 町営電気事業開始
1910年(明治43年)- 日本最初の女性消防組織「婦人火防組」を編成。
1933年(昭和8年)4月1日 - 市制施行し、酒田市となる。山形新聞の後援により市民歌「酒田行進曲」を制定。
1945年(昭和20年)8月10日 - 酒田港周辺が米海軍艦載機の空襲を受け、死者・行方不明30人を出す(酒田空襲)。
1947年(昭和22年)8月15日 - 昭和天皇の戦後巡幸。日和山公園に奉迎開場が設営され、市民1万5000人が昭和天皇を迎えた。
1976年(昭和51年)10月29日 - 酒田大火発生。
1981年(昭和56年)5月 - 日ソ沿岸市長会議開催。
1993年(平成5年)2月 - 地方拠点都市地域に指定。
2005年(平成17年)11月1日 - 酒田市と飽海郡3町の1市3町が合併して酒田市(2代目)が発足。
2012年(平成24年)
4月1日 - 山形県立酒田光陵高等学校開校(酒田商業高、酒田北高、酒田中央高を統合)。
11月30日 - 宮海地区に津波避難路が完成。
2020年(令和2年) - 全国的に流行が拡大した新型コロナウイルス感染症対策として、市内で行われるイベント等の一部が中止となる。学校等も臨時休校や学年閉鎖などの措置が2023年(令和5年)ごろまで相次いだ。
2024年(令和6年)7月26日 - 集中豪雨により北青沢地区で土石流が発生。全壊家屋4戸、一部損壊11戸の被害。

1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、飽海郡酒田60町の区域をもって酒田町が発足。
1929年(昭和4年)4月1日 - 飽海郡鵜渡川原村を編入。
1933年(昭和8年)4月1日 - 市制施行。酒田市となる。
1941年(昭和16年)4月1日 - 西平田村、中平田村の一部(浜田)、西荒瀬村の一部(酒井新田、高砂)を編入。
1950年(昭和25年)4月1日 - 飽海郡飛島村を編入。
1954年(昭和29年)
8月1日 - 飽海郡西荒瀬村を編入。
12月1日 - 飽海郡東平田村、北平田村、中平田村、上田村、本楯村、南遊佐村、東田川郡新堀村、広野村、西田川郡袖浦村を編入。
1956年(昭和31年)
1月1日 - 東田川郡余目町との境界を変更。
8月1日 - 飽海郡遊佐町との境界を変更。
1958年(昭和33年)1月1日 - 東田川郡三川村との境界を変更。
1961年(昭和36年)8月1日 - 西田川郡大山町との境界を変更。
1962年(昭和37年)
1月1日 - 西田川郡大山町及び東田川郡三川村との境界を変更。
8月1日 - 東田川郡余目町との境界を変更。
1993年(平成5年)8月19日 - 東田川郡余目町及び飽海郡平田町との境界を変更。
1994年(平成6年)
4月13日 - 東田川郡三川町との境界を変更。
4月18日 - 鶴岡市との境界を変更。
1995年(平成7年)4月14日 - 鶴岡市及び飽海郡平田町との境界を変更。
1998年(平成10年)
1月6日 - 隣接町との境界を変更。
8月18日 - 飽海郡平田町との境界を変更。
2005年(平成17年)11月1日 - 飽海郡八幡町・松山町・平田町と新設合併し、改めて酒田市が発足。
2018年(平成30年)1月31日 - 鶴岡市との境界を変更。

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Quelle: Text: Wikipedia – „酒田市“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: ChiefHira, CC BY-SA 3.0 – Wikimedia Commons