坂井市: 歴史
=== 古代 ===
古墳時代
継体天皇が即位前に住んでいたといわれる。旧丸岡町内の女形谷(おながたに)の地名はこの即位により「御名が谷」と呼ばれるようになったものが変化したとされている。
江戸時代
江戸時代には多くが丸岡藩領であった。三国は北前船の寄港地として栄えた。
明治時代
1897年(明治30年) - 北陸本線の森田、小松間開業。
1909年(明治42年)12月 - 丸岡町内に電灯がつく。翌年11月に電話開通。
大正時代
1913年(大正2年) - 三国港の機船底曳網漁業始まる。
1919年(大正8年) - 竹田村(後に丸岡町の区域の一部)に電灯がつく。
昭和時代
1934年(昭和9年)1月 - 丸岡城天守が国宝保存法に基づく国宝(現行法の「重要文化財」に相当)に指定。
1948年(昭和23年)6月 - 福井地震発生。現在の市域における死者が人口の5%に及んだ。後年、甚大な被害とされた阪神・淡路大震災時の神戸市の死者率約0.3%に十数倍する被害である。
1975年(昭和50年)9月 - 北陸自動車道の福井 - 丸岡間開通。
平成時代
1997年(平成9年)1月 - 島根県沖で座礁したロシアのタンカー「ナホトカ号」から流れ出た重油が三国町内の海岸に漂着(ナホトカ号重油流出事故)。
2006年(平成18年)3月20日 - 坂井郡坂井町、春江町、丸岡町および三国町が合併して、坂井市が発足。これに伴い、坂井郡が消滅。
令和時代
2020年(令和2年)3月 - 新型コロナウイルス感染症拡大に伴う小中学校の一斉休校が始まる。
2026年(令和8年)8月30日 - 県下を襲った記録的な集中豪雨により市内各所で冠水。国土交通省は、一時、龍ヶ花ダムの緊急放流を行う可能性を発表した。
== 政治 ==
==== 市長 ====
市長:池田禎孝(前福井県農林水産部長) - 1期目、任期満了2026年4月22日
歴代市長
市長職務執行者 伊藤平一郎(旧坂井町長) - 2006年3月20日 - 2006年4月22日
初代 坂本憲男(旧三国町長) - 2006年4月23日 - 2022年4月22日 4期(任期満了)
市役所
現在の市役所は旧坂井町役場を使用しているが、本庁舎周辺の施設が分散されていることと市役所の老朽化に伴い、各施設を統合して本庁舎南側に増築棟を建設するものである。2019年(平成31年)4月19日に事業着手し、増築棟完成後に現在の本庁舎の改修も行われる。全体の整備は2021年(令和3年)3月末で完了。
合併前の各町域を管轄する地域自治区ごとに区長(市長が任命する特別職)が総合支所(いずれも旧町役場)に配置され、区長はその長とされた。2008年6月区長制度を廃止、2016年(平成28年)4月には地域自治区及び総合支所を廃止し、坂井町以外の3町に支所を設置した。
支所
三国支所:三国町中央一丁目5番1号 坂井市みくに市民センター内(2017年10月、旧町役場庁舎より敷地内新築移転)
丸岡支所:丸岡町西里丸岡第12号21番地1
春江支所:春江町随応寺第17号10番地
坂井町に限り、他町では各総合支所にて行っていた事務の一部(税務、農林水産商工業)を、坂井総合支所に隣接する市役所本庁舎の課で取り扱っていた。
坂井地区広域連合 - 坂井市とあわら市で構成。介護保険行政のほか、し尿汚泥処理施設や斎苑・墓地の管理などを広域で実施。
==== 市議会 ====
坂井市議会:定数26
坂井市から選出される福井県議会議員の定数は4議席である。現任期の満了日は、2027年(令和9年)春である。
2023年福井県議会議員選挙
衆議院
坂井市は、福井市、大野市、勝山市、あわら市、吉田郡・永平寺町と構成される福井県第1区が選挙区となる。
なお、当選挙区の衆議院選挙比例代表区選出議員については、比例北陸信越ブロックを参照のこと。
参議院
坂井市は、参議院・北陸信越ブロックに属する。福井県選挙区は参議院一人区の1つ。
==== 坂井郡一市構想 ====
2002年(平成14年)1月23日、坂井郡6町の総務課長で構成する「坂井郡合併検討委員会」を設置し、同時に南部3町(丸岡町・春江町・坂井町)と北部3町(三国町・芦原町・金津町)による部会を併せて、それぞれ設置した。その後、坂井郡6町による任意の合併協議会の設立が提案されるも、同年7月10日に協議会の設立を断念した。しかし南部と北部の3町ずつを基本とした合併の枠組みは維持し、引き続き検討を行った。
北部3町では2002年(平成14年)7月31日に三国町、芦原町、金津町の3町長が3町合併について意見交換し、前向きに考えるとしながらも時間的制約から現時点での3町合併は困難であるとした。三国町が離脱した形で同年8月21日には「芦原町・金津町合併準備会」、10月1日には法定の「芦原町・金津町合併協議会」を設置し、北部2町で2004年(平成16年)3月1日に「あわら市」が発足した。
一方、南部3町では2002年(平成14年)8月21日に丸岡町、春江町、坂井町の3町長による合併問題三者会議を開催し、3町合併の枠組みを残しながらも春江町と坂井町の2町で先行合併を推進することに合意した。
春坂市構想
2002年(平成14年)12月2日、「春江町・坂井町合併協議会」を設置した。春江町は2004年(平成16年)3月15日に、隣の坂井町と合併して「春坂市」になる予定だったが、2003年(平成15年)8月13日に坂井町長からの「合併一年延期」の申し入れによって、8月20日に予定されていた合併調印式を延期した(元をたどれば、県内の町では一番人口が多い丸岡町と、競艇場のある三国町が合併に積極的ではなかった)。
しかし、春江町は「2004年3月合併」の期限を堅持することを確認。8月27日の区長会で、当時の春江町長が坂井町長の態度を理由に「合併白紙」を宣言し、9月3日には記者会見で合併白紙を正式に発表した。
これにより、あわら市に次ぐ県内二番目の新市誕生は幻になった。
4町合併による坂井市の発足
2004年(平成16年)4月27日、三国町長が坂井郡4町での合併を模索する意向を示した。2003年末には坂井町長が丸岡町と三国町に合併の打診をし、春江町長も福井市への編入を示唆していたのだが、春坂市のしこりが残る坂井郡を一つにまとめようと、あわら市との将来的な合併も視野に入れての提案だった。6月15日に「坂井郡四町合併準備会」、8月20日に法定の「坂井郡四町合併協議会」を設置し、協議も順調に進んで、11月16日には新市名を「坂井市」とすることまで決まった。
しかし、12月21日には春江町長が「町の主張が通らない」として一方的な合併離脱を表明するなか、同年末に福井市長と合併に関する事項を話した(福井市長の記者会見回答による)とされる面談を行うなど、町長の突飛な行動に町議会からの反発も起きた。2005年(平成17年)2月には春江町長が協議への復帰を表明。3月3日には、最後まで決まらなかった「庁舎を坂井町に置く」という項目も受け入れて、3月17日に合併調印式を行った。その後、各町議会の可決、7月5日に福井県議会での可決を経て、8月29日に告示された。
この間、春江町では町政に混乱を来した、として住民が町長のリコールを町選挙管理委員会に請求。合併調印後の2005年(平成17年)4月にその選挙告示を控えた町長が自らその職を辞する結末を迎えたが、その直前に助役、収入役も辞職していた。5月に新人候補2名の町長選挙を経て当選者が就任するまでの間、一般職の総務課長が町長職務代理者を務める異常事態となった。
2006年(平成18年)3月20日、県内では敦賀市や越前市を抜いて2番目の規模となる、人口約9万2000人の「坂井市」が誕生した。
福井県の自治体では初めて地域自治区制度を採用、旧4町と同区域・同名の地域自治区である三国町、丸岡町、春江町、坂井町を設置している。同県における「平成の大合併」では最後の合併で、坂井市の誕生によって坂井郡は消滅した。
市の誕生時点で人口約9万2000人、県内での人口規模では南に隣接する県庁所在地の福井市に次いで2番目となった。