尾張旭市: 歴史
=== 古代 ===
縄文時代から人が住み着き、弥生時代には集落の存在があったことが遺跡の調査から確認されており、豪族の古墳、条里制の遺構も見られ、古墳時代には東海地方の中で最も早く須恵器の生産が始まったことが判明している。673年には澁川神社が遷座されている。
中世は山田郡に属し、水野氏などの豪族が住み着き1584年(天正12年)には小牧・長久手の戦いの白山林の戦いの地となった。
江戸時代には各地で開田、開畑が進み、農業が発展した。
明治に入ると養蚕業が盛んになるが、隣の瀬戸村にて陶磁器産業が活発になると、瀬戸村に多くの労働者を提供し、昭和にはこの地域でも陶磁器産業が行われるようになった。
行政の面では、町村合併を推し進める愛知県の行政指導を受けて1906年(明治39年)に印場村、新居村、八白村が合併して旭村が成立した。瀬戸との結びつきが強い地域であったことから県から「瀬戸口村」の名称を提案されたが、字数の多さや瀬戸町との錯誤の懸念を理由に却下した。また、旧村名を採ることも避け、日露戦争後という時勢から、「旭村」とした。
矢田川南岸の本地ヶ原地区は明治から第二次世界大戦の終戦まで陸軍の演習場であった。ここには飛行場もあり、パイロットの養成を行ったりしていた。戦後、米軍の接収を経たのち入植がなされ、現在では国道363号線を中心に宅地や商業地としての開発が進んでいる。
1953年(昭和28年)の町村合併促進法公布を受けて守山町・志段味村との合併が持ち上がったが、合併先について町域の東西で瀬戸市・守山町と意見が割れ、結局合併しないことに決めた。
市の要件が人口3万人に緩和されたことを機に1970年(昭和45年)に旭町から尾張旭市となった。
1906年(明治39年)7月16日:東春日井郡印場村、新居村、八白村が合併し、旭村となる。
1943年(昭和18年):三郷町で松下電工が稼働を開始してからは製造業が主産業となった。
1948年(昭和23年)8月5日:町制施行し、旭町となる。
1970年(昭和45年)12月1日:市制施行。この時千葉県旭市と同名回避の為、同時に改称し尾張旭市となる。なお、これにより東春日井郡が消滅。
1973年:城山公園ができる。ゴミ焼却処理場「晴丘センター」が完成する。
1983年(昭和58年):全国高校総体が開催されフェンシングの会場となる。
1992年(平成4年):スカイワードあさひが完成する。
1994年(平成6年):わかしゃち国体が開催され、馬術競技の会場となる。
2004年(平成16年):市のイメージキャラクターとして「あさぴー」が誕生。