近江八幡市: 歴史
=== 近世 ===
安土桃山時代の1585年~1590年、豊臣秀次が八幡城を築き、碁盤状の城下町を建設するとともに、5kmほど東にあった織田信長が築いた安土城の城下町から人々を八幡(元八幡)城下に移した。豊臣政権時、掟書で街道を通る商人は町に寄宿を命じられ、琵琶湖航行の船は八幡堀に入港を命じられた。住居には、「背割り」と呼ばれる、裏の家と背中合わせに下水として用いられる溝が設けられ、これは大阪とほぼ同時期に整備され始めたとみられる。
江戸時代には中山道六十九次の武佐宿が置かれた。
近江商人らが出入りした巨大な八幡花街があり、江戸時代後期が最盛期であったが、昭和前半にかけて衰退し、現存しない。
1954年(昭和29年)3月31日 - 蒲生郡八幡町・岡山村・金田村・桐原村・馬淵村が合併して近江八幡市(第1次)が発足。同年7月15日に市章を制定。
1955年(昭和30年)3月3日 - 野洲郡北里村を編入。
1958年(昭和33年)2月1日 - 蒲生郡武佐村を編入。
1991年(平成3年) - 旧城下町の一部が「近江八幡市八幡伝統的建造物群保存地区」の名称で国の重要伝統的建造物群保存地区として選定。
2005年(平成17年)9月1日 - 市内水郷地域160haが景観法に基づく「景観計画区域」に全国初の指定。
2006年(平成18年)1月26日 - 「近江八幡の水郷」が日本で初めて重要文化的景観として選定。同年7月28日に集落部分が追加選定。
2010年(平成22年)3月21日 - 安土町と合併し、改めて近江八幡市が発足。旧安土町地域に安土町地域自治区が設置。市章は変更されず。