Heimatgeschichte · Kimitsu ·

君津市: 歴史

君津市: 歴史

1943年(昭和18年)4月1日 - 君津郡八重原村・周西村が合併して君津町が発足。
1954年(昭和29年)3月31日 - 君津町・周南村・貞元村が合併し、改めて君津町が発足。
1970年(昭和45年)
7月1日 - 集中豪雨により小櫃川が草川原地区で氾濫、亀山橋が流失して集落が孤立。さらに復旧工事途上の同年11月20日、再び集中豪雨により仮橋が流失。
9月28日 - 君津町・上総町・小糸町・清和村・小櫃村と合併し、改めて君津町が発足。
1971年(昭和46年)9月1日 - 市制施行し君津市となる。
1976年(昭和51年)9月1日 - 市制5周年を記念し「君津市民の歌」を制定。

君津市の市制施行前となる君津町は1943年と1954年、1970年の3回にわたって合併が行われているが、町村合併促進法(いわゆる昭和の大合併)に基づく町村合併が行われた1954年を除く2回はいずれも国の施策と関係無く合併が行われている。
最初の君津町が発足することになる1943年は太平洋戦争の戦時下ということもあり、木更津市の木更津海軍航空隊(現・陸上自衛隊木更津駐屯地)の分工場となる「八重原工場」が八重原村と周西村にまたがる広大な土地に建設されることになり、住居移転や農地の買収、工員向けの食料品や衣料配給などの調整が生じることになったため、当時の日本軍の斡旋によって2村が合併し「君津町」が成立した。
1970年の合併は1960年代に湾岸地区に進出した八幡製鐵(現・日本製鉄)君津製鐵所の影響で君津町の収入となる固定資産税が増加したが、人口が少ない場合は一部が千葉県の収入となる部分が生じるため、君津町の収入を減らさないために合併して人口を増やす施策が採られた。なお、当初は君津町と小糸町、清和村、小櫃村、上総町に加えて、木更津市も合併協議に参加し、新市名も「君津木更津市」になることが提案されていたが、木更津市の合意が得られず、合併構想から事実上離脱したため、5町村で改めて合併協議会が行われ、1970年9月28日に新「君津町」が成立。法定人口なども基準に達したことから翌1971年9月1日に県下25番目となる市制施行が行われ「君津市」となった。

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Quelle: Text: Wikipedia – „君津市“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: LERK, CC BY 3.0 – Wikimedia Commons