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米沢市: 歴史

米沢市: 歴史

旧出羽国南部にあり、鎌倉時代は長井氏の領地、室町時代初期から伊達氏の領地となった。戦国時代(天文の乱の後)に伊達氏の本拠地となる。「独眼竜」こと伊達政宗は米沢城で生まれ、豊臣政権下で岩出山城(現在の宮城県大崎市)へ移封となるまで米沢を支配した。
関ヶ原の戦いで西軍が敗れた結果、会津地方を支配していた上杉景勝は徳川家康に降伏し、減封のうえ北隣の米沢へ移された(「上杉景勝#会津征伐」参照)。以後、江戸時代から明治の廃藩置県までは米沢藩上杉氏の城下町となった。上杉氏の旧本拠地春日山城があった上越市(新潟県西部)との関係が深い。豊臣政権下で上杉景勝が福島城下を領地にしていたことや、江戸時代に年貢米や物資の運搬のため米沢藩米蔵が福島城下に多く立ち並んでいたことから福島市との関係も深い。

1871年(明治14年)8月29日:廃藩置県により、米沢が置賜県の県庁所在地となる。
1876年(明治19年)8月21日:置賜県が山形県に編入され、以後は山形県に属する。
1889年(明治22年)4月1日:市制を施行する。日本で最初に市制を施行した31市の中の一つである。
1899年(明治32年)5月15日:奥羽本線米沢駅が開業する。
1908年(明治41年)9月3日:市章を制定する。
1917年(大正6年)5月22日:米沢大火、市内で大火。死者10名、焼失戸数2,294戸。
1919年(大正8年)5月19日:米沢大火、市内で大火。
1957年(昭和32年)4月30日:「米沢市民歌」を制定。
1960年(昭和35年)5月11日:昭和天皇と香淳皇后が市内を行幸啓。出立時に駅前にて市民らによる奉迎が行われる。
1976年(昭和51年):財政再建団体の指定を受ける。1980年(昭和55年)解除。
1988年(昭和63年)3月2日:八谷鉱山が閉山する。

1889年(明治22年)4月1日 - 市制の施行により、南置賜郡米沢城下のうち123町と、花沢村、福田村、外ノ内村および館山村、口田沢村、吹屋敷村、赤芝村、塩野村、片子村、三沢村、赤崩村、笹野村、遠山村の各一部の区域をもって成立。米沢城下の残部6町は南原村の一部となる。
1953年(昭和28年)8月1日 - 南置賜郡上長井村を編入。
1954年(昭和29年)
10月1日 - 南置賜郡塩井村、広幡村、万世村、六郷村を編入。
11月1日 - 南置賜郡窪田村、三沢村を編入。
1955年(昭和30年)
1月1日 - 南置賜郡山上村を編入。
2月1日 - 東置賜郡上郷村を編入。
4月1日 - 南置賜郡南原村を編入。
1998年(平成10年)1月6日 - 東置賜郡高畠町と境界変更。
2007年(平成19年)1月25日 - 東置賜郡高畠町と境界変更。

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Quelle: Text: Wikipedia – „米沢市“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: contri from Yonezawa-Shi, Yamagata, Japan, CC BY-SA 2.0 – Wikimedia Commons