越前市: 歴史
奈良時代に越前国の国府が置かれる。鎌倉時代に守護へ権力が移行し国司制度が形骸化するまで、越前の政庁である国府であった。
鎌倉時代頃から越前和紙が今立地区(旧今立町)で抄造されはじめ、室町時代には今立地区の大滝村に紙座(組合) が設けられた。
江戸時代には、越前の和紙職人が抄造を全国に普及させ、全国に和紙産地が形成されるとともに、越前和紙は「紙の王」(和漢三才図会)とも称されるほどになった。
旧武生市内府中から、五分市町(ごぶいち)、味真野町(あじまの)一帯は、本願寺の寺社が多く分布しており多くの浄土真宗本願寺派の門徒がいた事から越前一向一揆の惨劇の舞台となった。
その後、織田信長支配時には不破光治、佐々成政、前田利家の府中三人衆により治められ、前田利家によって越前府中城、佐々成政によって小丸城が築かれた。
江戸時代には越前松平家家老の本多家領と幕府領の本保陣屋があった。
明治時代には、今立地区(旧今立町)の越前漆器職人である越前衆 が全国に漆掻きに回る。江戸時代を上回る多くの越前衆の出稼ぎ、移住もあり漆器製造の向上普及に貢献し全国の漆器産地が形成される。
1913年(大正2年)9月19日 - 武生町内で大火。1700戸が焼失。
2005年(平成17年)10月1日 - 武生市および今立郡今立町が合併して、越前市が発足する。
== 行政 ==
=== 庁舎 ===
市役所
越前市役所:越前市府中一丁目13番7号
市発足時は旧武生市役所庁舎を使用した。2020年、隣接していた市生涯学習センターとの合築庁舎を敷地内に新築し移転。
支所・出張所
今立総合支所:越前市粟田部町第9号1番地9(あいぱーく今立内)
市発足時は旧今立町役場庁舎を使用した。2018年、市今立図書館隣接地に今立地区全体の公設コミュニティセンターを新築し移転入居。
味真野出張所:越前市味真野町第7号2番地1(味真野公民館内)
白山出張所:越前市都辺町第36号84番地(白山公民館内)
国内
岐阜県高山市
1982年(昭和57年)10月22日 - 旧武生市が友好都市提携
岐阜県本巣市
1994年(平成6年)4月7日 - 旧今立町が旧本巣郡根尾村と友好都市提携
市の名称を巡っては、「武生市」「越前武生市」「南越市」など多数を占めたにもかかわらず、少数意見の「越前市」が選ばれたことに批判がある。既に北隣に「越前町」がある上、2005年(平成17年)1月1日には南隣に南越前町が同じく市町村合併で発足しており、これではほとんど同じ地名が密集することになり、当時の武生市・今立町合併協議会による決定直後から「非常に紛らわしい」「隣接する『越前町』の名称を完全に模倣している」との批判があった。
当時の三木勅男武生市長は、いずれは三箇所とも合併して一つの「越前市」になったらいいと発言し、暗に両隣の町名が合併で自然消滅することを求めたが、2005年5月に行われた最後の武生市長選には出馬せず任期満了、その後合併までの期間も短く、市民による具体的活動も見直し議論もされぬまま越前市の発足に至っている。