Heimatgeschichte · Akiruno ·

あきる野市: 歴史

=== 年表 ===
あきる野市発足以前

1925年(大正14年)4月21日 - 五日市鉄道(現在のJR五日市線)が開業。
1955年(昭和30年)4月1日
東秋留村・西秋留村・多西村が合併し秋多(あきた)町が発足。
五日市町と増戸村、戸倉村、小宮村が合併、新たな五日市町が発足。
1971年(昭和46年) - 秋多町が八王子市高月町切欠を編入。
1972年(昭和47年)5月5日 - 秋多町が市制施行・改称し、秋川市が発足(市制施行に際し、五日市町と日の出町から秋川流域4町村合併の要望があり、「単独市制施行は合併を前提とする」との協約書を締結)。
1982年(昭和57年) - 国道411号が制定。
1989年(平成元年) - 秋川市草花の一部を福生市へ編入。
あきる野市発足後

1995年(平成7年)9月1日 - 秋川市と五日市町が合併し、あきる野市が発足(1972年の市制施行時の経過から、日の出町と檜原村にも合併参加を呼びかけたが「時期尚早」として参加しなかったため、秋川市と五日市町で合併)。
2004年(平成16年)4月1日 - 防災行政無線が開局。
2005年(平成17年)3月21日 - あきる野インターチェンジが供用開始。
2007年(平成19年)
4月15日 - 秋川渓谷瀬音の湯がオープン(総工費約25億円)。あきる野市の第三セクター「新四季創造株式会社」が運営。
8月1日 - あきる野市中央図書館がオープン(秋川図書館を移転、総工費約24億円)
2012年(平成24年)4月1日 - 小宮小学校が閉校し、五日市小学校と統合。
2013年(平成25年)4月1日 - 戸倉小学校が閉校し、五日市小学校と統合。

古来より「秋留」「阿伎留」の地名があったことと、旧五日市町に「阿伎留神社」があることに起因する。市名を決める際、秋川市が主張する「秋留」と、五日市町が主張する「阿伎留」で二分し、ひらがな表記とすることで決着がついた。日本と同じ漢字文化圏である中国では「秋留野市」と表記されている。
合併後の新市庁舎は秋川市・五日市町の双方が旧秋川市庁舎を用いることに賛成したため、同庁舎が用いられることとなった。なお合併にあたり、五日市町では市庁舎を秋川市側に譲ることで新市名に「五日市」の名前を残すことに力を入れようとする動きがあった一方、秋川市側は「秋川市」かまったくの新市名にすることを主張。1995年3月10日に開かれた第9回合併協議会で、秋川市側は「あきる野」か「阿伎留」の案を挙げた一方、五日市町側は「秋川五日市市」案を挙げたが、最終的には五日市町側が譲歩する形で「あきる野市」に決まった。

変遷の年表

変遷表

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Quelle: Text: Wikipedia – „あきる野市“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0