岩見沢市: 歴史
1878年、開拓使が幌向太(現在の幌向地区) - 幌内(三笠市)間の道路開削の際、官営休泊所が岩見沢・元町(幾春別川沿い)を含む5箇所に設置された。後に周辺各炭山や各開拓地を往復する人々にも活用される
1882年11月13日には幌内鉄道が全線開通し幌向駅が開駅。1883年、狩野末治が休泊所を借り受けて宿にし、岩見沢最初の定住者となる。同年に公布された移住士族取扱規則により札幌県勧業派出所が設置され、山口県・鳥取県ほか10県からの士族集団移住により本格的に開拓の鍬が入れられた。
岩見澤駅を中心に次第に市街が形成され、1884年10月6日に岩見澤村が設置される。岩見澤 - 忠別太(旭川市)間・岩見澤 - 夕張間の道路や、岩見澤 - 奈江 - 歌志内間、岩見澤 - 輪西間の鉄道が開通し、岩見澤駅も元町から現在地に移転、新市街地が形成されるとともに、陸上交通の要衝となる。
1897年10月には空知支庁が設置され、1900年7月、1級町村制による岩見澤村となり急速に伸展。1906年10月には町制を施行し、1908年には北海道では函館に次いで2番目に近代上水道が完成。
1943年待望の市制を施行。1957年、三笠市の桂沢ダム完成によって上水道拡張事業・都市計画の実施も急速に進展。1961年には岩見沢駅に、函館本線、室蘭本線、幌内線、万字線4本の鉄路をさばく東北以北最大の操車場が完成し、周辺の炭鉱の開発とともに交通の要衝として発展する。当時岩見沢駅には500名以上の職員がいたと言われる。
しかしながら炭鉱が相次ぐ閉山の時代を迎えた事により、1980年操車場は廃止され、要衝としての繁栄も曲がり角を迎える。国道12号岩見沢バイパスの開通によって郊外まで開発が進んだ事もあり、商業施設の郊外出店による中心市街地空洞化が浮き彫りとなった。折しも岩見沢駅舎が2000年に火災で全焼した事もあり、駅舎再建・周辺再開発を柱とした中心市街地活性化事業が行われている。加えて、近年は札幌のベッドタウンとしての性格が強まる事による空知地方の中核都市としての相対的な役割低下が危惧されており、求心力の維持・向上に重点的に取り組んでいる。2006年の北村、栗沢町との合併もその一環である。なお、求心力の指標となる昼夜人口比率は僅かながら上昇しており、改善の傾向が見られている。
江戸時代は、松前藩の管轄であった。幕府の天領にもなった。
1858年(安政03年)- 松浦武四郎が当地で調査。
1878年(明治11年)- 開拓使が幌内炭山等を行き交う人々のために休泊所を設置。
1882年(明治15年)- 幌内鉄道幌内 - 手宮間開通。幌向駅、岩見沢簡易乗降所開設。
1883年(明治16年)- 入植開始。
1884年(明治17年)- 岩見沢簡易乗降所を駅に昇格。二級町村制岩見沢村開村・戸長役場設置。459名の士族入植。岩見沢郵便局開設。
1885年(明治18年)- 1,414名の士族入植。
1886年(明治19年)- 北海道最初の開拓水道(三笠市萱野 - 岩見沢市元町)を敷設する。
1889年(明治22年)- 上川道路(現・国道12号線)開通。
1890年(明治23年)- 夕張道路(現・北海道道38号夕張岩見沢線)開通。
1891年(明治24年)- 北海道炭礦鉄道岩見沢 - 歌志内間開通。
1892年(明治25年)- 室蘭 - 岩見沢間に鉄道開通、岩見沢駅が現在地に移転。
1897年(明治30年)- 北海道庁空知支庁(現・空知総合振興局)設置。
1899年(明治32年)- 戸長役場完成。
1900年(明治33年)- 1級町村制による岩見沢村となる。人口は12,518人。
1906年(明治39年)- 町制施行。岩見沢町となる。
1908年(明治41年)- 全道2番目、全国13番目の近代上水道完成
1929年(昭和04年)- 北海幹線用水路開通。
1936年(昭和11年)- 昭和天皇のお召し列車が駅付近で臨時停車。イモチ病対策を講じた水田、防除器具などを視察。
1943年(昭和18年)- 北海道10番目、全国201番目(200番目の夕張市と同日)に市制施行。
1944年(昭和19年)- 「岩見沢市市歌」(作詞・奥保、作曲・中山晋平)を制定。
1948年(昭和23年)- 市章制定。
1951年(昭和26年)- 市立図書館開設。
1953年(昭和28年)- 保安隊岩見沢駐屯地開設。
1954年(昭和29年)
月日不詳 - 市立病院が現在地へ移転新築。
8月11日 - 昭和天皇、香淳皇后が市内を行幸啓。岩見沢農業高校を訪問。
1955年(昭和30年)- 市民会館が開設され、同館内に市立図書館が移転。北海道中央労災病院開院。
1956年(昭和31年)- 財政破綻により再建団体に、8カ年の自主再建計画に着手。国鉄岩見沢操車場改修、東北以北最大の大操車場に。三笠市の桂沢ダム完成(11月28日)により水の安定供給が実現
1960年(昭和35年)- 駅前通拡幅完成。大正池一般開放。
1961年(昭和36年)- 国鉄室蘭本線岩見沢 - 志文間複線化。萩の山市民スキー場開設。
1962年(昭和37年)- 東山公園完成。
1963年(昭和38年)- 市民会館が現在地に新築移転。緑が丘霊園造成。
1964年(昭和39年)- 駒澤大学北海道教養部・同附属岩見沢高開校。日の出町に2,000戸のニュータウン造成。
1965年(昭和40年)- 市役所庁舎現在地に移転新築。岩見沢駒澤短期大学が開学する。
1968年(昭和43年)- 市民憲章・市木・市花・市鳥制定。スポーツセンター完成。
1970年(昭和45年)- あやめ公園完成。鳩が丘記念緑地整備。
1973年(昭和48年)- 開基90周年、市制30周年記念歌「交響詩岩見沢」(作詞・加藤愛夫、作曲・川越守)が発表される。
1974年(昭和49年)- 国道12号岩見沢バイパス(10条通)開通。
1978年(昭和53年)- 一般廃棄物最終処分場造成。
1981年(昭和56年)- 幌向・北村地区で大水害発生。
1983年(昭和58年)- 開基100周年・市制施行40周年。道央自動車道岩見沢IC開通。文化センター開設。
3月31日 - 国鉄万字線廃線。
1986年(昭和61年)6月22日~9月15日 - いわみざわ公園で北海道21世紀博覧会開催
1987年(昭和62年) - 総合体育館完成
7月12日 - JR幌内線廃線。
1988年(昭和63年)12月 - 中心市街地に再開発ビル「ポルタ」が完成し、核店舗として西友岩見沢店が出店。
1989年(平成元年)10月15日 - 映画館が消滅。
1991年(平成3年)- 第一回ドカ雪まつり開催。
1994年(平成6年)- 東部丘陵地域振興事業の一環としてふるさと毛陽オープン。
1995年(平成7年)- コミュニティプラザオープン。上幌向駅橋上化。
1996年(平成8年)- 第5回ばら制定都市会議(ばらサミット)開催。コミュニティエフエムはまなす放送開始。温水プール移転新築。中央バス岩見沢ターミナル移転新築
1997年(平成9年)10月 - 自治体ネットワークセンターオープン
1999年(平成11年)- 市営球場移転
12月10日 - 岩見沢駅3代目駅舎全焼。
2001年(平成13年)9月1日 - 市立図書館移転新築
2003年(平成15年)
9月1日 - 新市民会館「まなみーる」完成
12月26日 - 駅前広場全面供用
2005年(平成17年)- 大和地区に大和タウンプラザ (3月17日)・ポスフール(11月3日、現イオン)などの大規模商業施設相次いでオープン
2013年(平成25年)
4月1日 - 空知婦人会館・勤労青少年ホーム・働く婦人の家を「生涯学習センター」に統合移転
7月 - 第22回ばら制定都市会議(ばらサミット)開催
2015年(平成27年)
4月1日 - ごみ有料化実施、新ごみ処理施設「いわみざわ環境クリーンプラザ」供用開始。
8月23日 - ダイエー岩見沢店閉店。
2022年(令和4年)
1月4日 - 市役所新庁舎の供用開始。 …