三木市: 歴史
== 行政 ==
歴代市長
2008年9月29日に、財政危機宣言を発表した。その後は危機宣言を脱出するために2009年度に新行財政改革プランを開始して、借金は投資的事業の抑制によって減少している。また、危機宣言の影響で補助金が休止し、三木夏まつり花火大会が休止された。
遊技場等及びラブホテルの建築等の規制に関する条例
市民の生活環境や教育環境、あるいは景観の保全を目的に1984年6月25日に制定された上記の条例により、市内にはラブホテルや風俗店は、1軒も存在しない。また、市内にはラブホテル・風俗店の看板も存在しない。
2003年12月4日に吉川町が合併協議会設置を申し入れ、2004年4月1日に合併協議会が発足した。そして、2005年2月2日に合併調印式を開催し、同年10月24日に合併した。
==== 市章 ====
「木」または「キ」を3つ組み合わせて図案化した図案であり、ハート形にして心臓部を表している。1912年に当時の三木市立三樹小学校の職員が市章を制定し、そのまま三木町の町章として使用され、当市新設後もそのまま継承された。明治時代から大正時代に改元されたことを記念して、三木市立三樹小学校の校章として制定されたことが起源であり、作成にあたって、当市の特産物である金物を意味する「金」を入れたいためにハート形にして採用された。しかし、1963年までは制定者は不明であったが、神戸新聞に小野市と共に当市の市章が掲載されていたが、その時に当市の市章の製作者が「三木市の威厳が低下するため」と感じ、市に自己申告されたために制定者が明らかになった。
製鉄を表す紺地に明朗純誠を表す白で当市のイニシャルである「M」を図案化し、当市の地形と大工道具の大中小の曲尺を組み合わせて1966年8月10日に制定された。制定にあたっては当市の姉妹都市である アメリカ合衆国バイセリア市との姉妹都市の締結を記念したことにより、公募で制定し、7月15日まで募集した。結果は当時兵庫県神戸市灘区に在住していた製作者によって決定した。