京田辺市: 歴史
=== 近代 ===
田辺村時代
1889年(明治22年)4月1日 - 市制町村制の施行により、本市の区域に旧来からあった17の村が再編成されて綴喜郡田辺村、大住村、草内村、三山木村、普賢寺村が置かれた。
田辺町時代
1906年(明治39年)10月12日 - 田辺村が町制を施行し田辺町となる。
1951年(昭和26年)4月1日 - 大住村、草内村、三山木村、普賢寺村の4村が田辺町に編入合併された。人口は15391人。
1962年(昭和37年)6月28日 - 現在の市章となる「田」の文字を図案化した町章が制定される。
1966年(昭和41年)10月1日 - 町民憲章(現:市民憲章)を制定する。
1967年(昭和42年)11月1日 - 町の木(現:市の木)を制定する。
1969年(昭和44年)4月16日 - 町の花(現:市の花)を制定する
1970年(昭和45年)12月1日 - 田辺町消防本部(現:京田辺市消防本部)が発足する。
1987年(昭和62年)7月25日 - 「田辺町の歌」を制定(市制施行時に「京田辺市の歌」へ改題)。
京田辺市時代
1997年(平成9年)4月1日 - 綴喜郡田辺町より市制施行。京都府で八幡市以来20年振り12番目、全国で669番目の市として誕生した。その際和歌山県田辺市との重複を避けるため、京都府の「京」を冠して『京田辺市』となった。同様のケースとして、東京都の「東」を冠した東京都東大和市がある。
市名決定までの経緯
新市名は公募で全国から3,704件(606種)の応募があり、上位10案は「山城田辺市」(496件)、「新田辺市」(408件)、「一休市」(189件)、「京田辺市」(173件)、「南京都市」(165件)、「一休田辺市」(154件)、「学研田辺市」(107件)、「甘南備市」(94件)、「京都田辺市」(90件)、「筒城市」(90件)だった。他に「たなべ市」「北田辺市」「京南市」「洛南市」「京阪奈市」「学研都市」「茶所市」「玉露田辺市」「とんち市」などの応募もあった。市制審議委員会で協議の結果、住民が慣れ親しんだ「田辺」を残し、「京都の田辺」を表現した『京田辺市』が選ばれ、町議会の議決を経て正式に決定した。
1997年(平成9年)8月1日 - 同年8月20日まで平成9年度全国高等学校総合体育大会が開催され、その内ハンドボール競技が当市で開催される。
2000年(平成12年)4月1日 - 極楽寺の「木造阿弥陀如来坐像」、大徳寺の「木造大日如来坐像」の2つの像を市の文化財に指定する。
2002年(平成14年)3月16日 - JR片町線JR三山木駅が高架化になる。
2009年(平成21年)4月 - 山城地域活動支援センターが開所する。