Heimatgeschichte · Hekinan ·

碧南市: 歴史

碧南市: 歴史

=== 市制施行前 ===
古くは、西は遠浅の海で大きな砂浜(大浜)が広がり、南は権現崎を先端としてとがったような形をしていた。東は海で入り江(東浦)を形成していた。矢作川は現在の流路を取らず、油ヶ淵は最も大きな入り江(北浦)となっていた。『和名抄』の大浜郷はこの地を指すとされる。大浜郷は幡豆郡に属していたが、戦国期以降に碧海郡に入った。
大浜港(大浜湊)は古くから栄え、江戸時代には沼津藩の陣屋も置かれていた。鷲塚も港町であり、江戸時代初期に矢作川が流入するようになると、運ばれてきた砂により浅瀬となり、新田開発によって伏見屋新田および前浜新田が形成された。
廃藩置県以前、大浜村、棚尾村、平七村、鷲塚村は沼津藩(5万石)(江戸開城後は菊間藩に転封)の領地であり、西端村は西端藩(1万石)の領地、前浜新田は天領であった。

1605年(慶長10年) 米津の開削により矢作川が現在の流路に変わる。
1803年(享和3年) 6月7日(旧暦4月18日) 伊能忠敬らの測量隊が鷲塚村・棚尾村などを測量し、大浜村に滞在する。
1871年(明治4年) 鷲塚で神仏分離政策に反対する騒動(大浜騒動)が起こる。

1948年(昭和23年) 4月5日、碧海郡大浜町、新川町、棚尾町、旭村が合併し碧南市として市制施行。
1955年(昭和30年) 4月1日、西端地区(碧海郡明治村大字西端)を編入合併する。
1959年(昭和34年) 9月26日、伊勢湾台風により甚大な被害を受ける。
昭和40年代に衣浦湾(衣浦港)に面した地域を埋め立てて、工業地域を造成する。
1988年(昭和63年) 5月23日、碧南市民病院が開院する。
1991年(平成3年) 碧南火力発電所が完成する。

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Quelle: Text: Wikipedia – „碧南市“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: HQA02330, CC BY-SA 4.0 – Wikimedia Commons