Heimatgeschichte · Dazaifu ·

太宰府市: 歴史

太宰府市: 歴史

7世紀 - 筑紫大宰(つくしのおおみこともちのつかさ)が置かれる。
663年 - 白村江の戦い。防衛のため大宰府を内陸(現在の大宰府跡)へ移したと推定される。
664年 - 水城(みずき)の設置。防人を配す。
671年 - 大宰府の名、『日本書紀』に初出。
801年 - 伊予親王、大宰帥(だいふのそち)になる。以後この職は名誉職となり、親王が補せられ、大宰府には赴任しなくなる。
901年 - 菅原道真、大宰府に左遷(903年没)。
905年 - 道真の墓の上に社殿が建てられる(現在の太宰府天満宮の元)。
941年 - 藤原純友の乱、大宰府炎上。
1019年 - 刀伊の入寇。
1158年 - 平清盛が大宰大弐となる。
1229年 - 筑前守護職、武藤資頼が大宰少弐となる(少弐氏の祖)。
13世紀後半 - 元寇。
1361年 - 懐良親王(南朝)、大宰府に征西府を置く(-1372年)。
1497年 - 少弐政資、大内氏に大宰府を追われる。少弐氏の滅亡。
1587年 - 豊臣秀吉、筑前国に小早川隆景(毛利氏支族)を封じる。
1591年 - 小早川隆景、太宰府天満宮社殿を再建。
1600年 - 関ヶ原の戦い。戦後の論功行賞により、黒田長政、筑前国に封じられる。
1864年 - 三条実美ら五卿が長州から太宰府(太宰府天満宮延寿王院)に移される(七卿落ち)。

1881年(明治14年)3月17日 - 御笠郡宰府村が御笠郡太宰府村と改称。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制実施。
御笠郡太宰府村
御笠郡水城村
1892年(明治25年)9月13日 - 町制施行。御笠郡太宰府町となる。
1896年(明治29年)4月1日 - 那珂郡・席田郡(むしろだ ぐん)・御笠郡の三郡を統合、筑紫郡となる。
筑紫郡太宰府町
筑紫郡水城村
1955年(昭和30年)3月1日 - 筑紫郡水城村と対等合併し、新町制による筑紫郡太宰府町となる。
1982年(昭和57年)4月1日 - 市制施行。太宰府市となる。
2005年(平成17年)10月16日 - 九州国立博物館開館。
2015年(平成27年)4月24日 - 太宰府市から日本遺産候補として文化庁に申請され、市内の太宰府天満宮や大宰府政庁跡などを構成文化財とするストーリー「古代日本の『西の都』」が日本遺産に認定される。
2016年(平成28年)11月3日 - 総合体育館(愛称:とびうめアリーナ)開館。
2017年(平成29年)4月1日 - 水城館開館。
2019年(平成31年) - 4月1日に発表された新元号「令和」の出典となった万葉集の一節が、大宰府にあった大伴旅人邸で催された「梅花の宴」について記したものであったことから、「令和」ゆかりの地として注目される。
2020年(令和2年)1月15日 - 「令和発祥の都太宰府」を掲げる市のPRキャラクターを発表。
2024年(令和6年)1月10日 - 各市立中学校で完全給食が始まる。
2024年(令和6年)8月27日 - 7月19日から40日連続の猛暑日を記録。国内の最長記録を更新。
2024年(令和6年)9月20日 - 本年62日目の猛暑日となり国内最多記録を更新する。
2025年(令和7年)2月4日 - 地域活性化の計画が不十分であることなどを理由として日本遺産認定が取り消される。
2026年(令和8年)8月3日 - 午後2時6分、太宰府市で40.2℃を記録し県内で観測史上初の酷暑日となる。
2026年(令和8年)8月26日 - 午後2時14分、太宰府市で40.3℃を観測し、今年2回目の酷暑日となるとともに観測史上最高を更新する。

昭和の大合併
「昭和の大合併」に於いて、太宰府町(当時)と当時の筑紫郡の周辺6か町村の合併が実現しようとしていたが、新町名問題で合併協議会が紛糾し決裂した。1955年3月1日、太宰府町と水城村の急遽合併が決定し、新太宰府町が発足した。

平成の大合併
合併特例法による周辺市(市街地がほぼ一体化しており、とりわけ地理的、歴史的に繋がりの深い筑紫野市)との合併(いわゆる「平成の大合併」)は、一部の民間団体の活動を除いて気運が盛り上がらず、実現には至らなかった。しかしながら現在、水道、消防、ゴミ処理、火葬場等の広域行政は筑紫地域で緊密な状態を保っている。

von Fremdinhalte · Regionauts

Quelle: Text: Wikipedia – „太宰府市“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: 文屋将監, CC BY 3.0 – Wikimedia Commons