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南アルプス市: 歴史

南アルプス市: 歴史

=== 古代・中世 ===
古代には官牧があり、甲斐源氏の勢力基盤にもなった。
中世には庄園化し、巨麻郡加賀美庄に拠った加賀美遠光や、その子小笠原長清らの一族が居を構えた源氏ゆかりの地である。
遠光は源頼朝の重臣として仕え、その館跡は加賀美の法善寺、長清の館跡は市立小笠原小学校の敷地となっている。
後に奥州の大名となる南部氏の祖南部光行も遠光の子であるほか、巨摩郡大井荘を本拠とした国人・大井氏からは、武田信虎の妻で武田信玄の生母・大井夫人が出ている。

市南部の荊沢宿は、江戸時代から始まった富士川舟運の陸路の宿場町として旅人で賑わった。
市域を南北に縦断していた駿信往還は現在の国道52号線となり、街道沿いには荊沢のほか小笠原・倉庫町などの商店街が栄えたほか、毎年2月には江戸時代の物々交換に端を発した「十日市」が現在も盛大に行われるなど、活発な流通が行われた往時の面影を残している。

1932年(昭和7年)12月27日、甲府市の甲府駅前駅と増穂町(現・富士川町)甲斐青柳駅を結ぶ甲府電車軌道線(後の山梨交通電車線)が開通し、現在の南アルプス市の内、白根・櫛形・甲西の3地区を結んでいた。戦後の1962年(昭和37年)3月22日に山梨交通電車線が廃止され、この地域から鉄道が消滅した。

山梨県と関係の深い首相の石橋湛山は、少年期を鏡中條の長遠寺で過ごしており、石橋ゆかりの品が残されている。
釜無川の氾濫原や水利に乏しく定住困難な地域が多いため考古遺跡の分布は少ないが、近年の開発で鋳物師屋遺跡(縄文時代中期)や物見塚古墳(5世紀初頭の前方後円墳)をはじめ注目される考古遺物が各所から出土している。近年では第二次世界大戦中の戦争遺跡として、第2立川航空隊の飛行場として計画・建造された「ロタコ」の遺構の発掘が行われた。
山岳地帯への玄関口である芦安地区は、ほぼ全域が山間部であり、市内の他の地域とは異なる様相で発展してきた。様々な森林資源に恵まれ、古くは江戸城建築にも木材を供給した林業の地であった。木材運搬のため芦安村(現・芦安地区)と早川町奈良田を結ぶトロッコ列車も存在したほか、1914年(大正3年)には芦安鉱山が開鉱して、終戦後まで銅、金などを産出した。ピーク時には小学校の分校も置かれるなどして栄えた。現在、同地区では観光が主な産業となりペンションや旅館のある温泉街となっている。2003年(平成15年)3月21日には南アルプス芦安山岳館が開館し、山とともにあった歴史を伝承・発信している。
南アルプス市誕生直後の一時期、人口が少ないにもかかわらず在任特例により95人もの市議会議員を擁し、マンモス議会と呼ばれ住民の批判にさらされた。これらを受けて、2004年(平成16年)10月28日の議会で自主解散決議を賛成多数で議決し、翌11月の選挙で定数28人に改選された。

2003年(平成15年)4月1日 - 中巨摩郡櫛形町・若草町・白根町・甲西町・八田村・芦安村が合併して発足。市庁舎は旧櫛形町役場に置かれた。

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Quelle: Text: Wikipedia – „南アルプス市“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: Σ64, CC BY-SA 3.0 – Wikimedia Commons