宇和島市: 歴史
(※ 合併して新市になる以前の吉田町、三間町、津島町の出来事については、それぞれのページを参照。)
伊予国最大の荘園である宇和莊に含まれていたとの説もあるが未詳。古くは板島と呼称されていた。古代伊予の豪族越智氏の祖といわれる伊但馬に由来するとの伝承がある。
律令時代の宇和郡には石野・石城・立間・三間の4郷が置かれており、旧三間町の領域を除く宇和島市の地域は立間郷に属していた。この立間郷は徐々に開発が進み、新しい郷が設置され、鎌倉時代には旧立間郷に小立間が起こり、また岩松・岩藤・清光の津島三郷が起こっている。この頃に来村郷も成立したとみられている。
936年(承平6年) -藤原純友が沖合の日振島を拠点に海賊の頭目になったとされる
941年(天慶4年) - 警固使である橘遠保により、宇和島に砦が建設される。
1203年(建仁3年) - 西園寺公経が伊予国の知行国主となる。
1236年(嘉禎2年) - 橘公業の宇和郡地頭職が停止される。
室町時代中期 - 松葉城の西園寺家支流である西園寺公広が宇和莊の代官に補任され来村領内の開発にあたり、この西園寺家支流の家が来村殿と称される。
1585年(天正13年) - 豊臣秀吉の四国攻めにより、伊予国は小早川隆景の所領となる。養子秀包に南伊予支配を当たらせ、隆景家臣の持田右京が板島丸串城の城代を務めた。
1587年(天正15年) - 隆景が筑前国に転封となり、代わって伊予大洲十万石を拝領し大洲城に戸田勝隆が入城。戸田与左衛門が板島丸串城の城代となった。
1595年(文禄4年) - 藤堂高虎が宇和郡7万石を拝領し入城。板島を宇和島と改める。
1596年(慶長元年) - 藤堂高虎が板島丸串城の地に本格的な築城工事を開始。
1601年(慶長6年) - 藤堂高虎により宇和島城が築城される。
1608年(慶長13年) - 伊勢安濃津五万石城主の富田信高が宇和郡十万石を拝領し板島丸串城主となる。
1613年(慶長18年)- 富田信高が改易となり、幕府直轄領となった宇和郡の代官として藤堂良勝が再び板島丸串城に入城する。
1614年(慶長19年) - 伊達秀宗が、大坂の陣の功により10万石を与えられる。秀忠は秀宗を国持大名格とし「西国の伊達、東国の伊達と相并ぶ」よう賞した。
1615年(慶長20年) 宇和島城に入城。以後、江戸時代を通じて、仙台藩伊達家の別家である宇和島伊達家が9代に渡り統治した。
幕末になると、宇和島藩は政局で重要な立場を担った。幕末には、シーボルトの直弟子で宇和郡卯之町(現・西予市宇和町)の医者二宮敬作、二宮敬作が紹介した高野長英、村田蔵六(後の大村益次郎)といった人物が滞在し宇和島の近代化に貢献した。
1889年(明治22年) - 町村制の施行で宇和島町となる。
1914年(大正3年)10月18日 - 宇和島鉄道の駅として宇和島駅開業、宇和島(正確には北宇和郡八幡村地内) - 近永間の運転始まる。
1917年(大正6年) - 丸穂村を編入。
1921年(大正10年)8月1日 - 北宇和郡宇和島町・八幡村が合併、市制施行して誕生。
1925年(大正14年) - 宇和島市庁舎が完成。
1934年(昭和9年)9月1日 - 北宇和郡九島村を編入。
1935年(昭和10年) - 宇和島刑務支所新築。
1945年(昭和20年) - 国鉄予讃線が全線開通。
5月〜8月 - 太平洋戦争末期の大空襲で市街地の大半を焼失。
1950年(昭和25年)
3月20日 - 昭和天皇の戦後巡幸。丸ノ内劇場前に設営した宇和島市奉迎場で天皇を迎えた。
11月 - 市制30周年を記念し市民歌「若い宇和島」、市民音頭「うわじま音頭」を制定。
1955年(昭和30年)3月31日 - 北宇和郡三浦村・高光村を編入。
1956年(昭和31年)5月 - 財政再建団体指定。
1962年度末、再建完了。戦災復興需要が財政を圧迫し、1949年度には既に赤字決算に陥っていた。
1957年(昭和32年)1月1日 - 北宇和郡来村を編入。
1958年(昭和33年) - 宇和島市公会堂が新築完成。
1960年(昭和35年) - 宇和島港重要港湾指定。
1962年(昭和37年) - 宇和島城天守修理工事竣工。
1963年(昭和38年) - 市立宇和島病院本館が完成。
1966年(昭和41年) - 昭和天皇、香淳皇后が第21回全国植樹祭開催に合わせて県内を行幸啓。市内の県立水産試験場などを視察。
1970年(昭和45年) - 新市民音頭「宇和島おんど」を選定。
1972年(昭和47年) - 南予レクリエーション都市に指定される。
1974年(昭和49年)4月1日 - 北宇和郡宇和海村を編入。国鉄予土線が全線開通。
1976年(昭和51年) - 市庁舎を移転新築。
1979年(昭和54年) - 松尾バイパスが開通。
1980年(昭和55年) - 恵美須町商店街、新橋商店街のアーケードカラー舗装。
1987年(昭和62年) - 南予文化会館が完成(現宇和島市立南予文化会館)。
1988年(昭和63年) - 牛鬼すとりーと完成。第1回うわじまガイヤカーニバルを開催。
1992年(平成4年) - JR宇和島駅舎、ホテルなどを併設した駅ビルに改築。
1993年(平成5年) - 新内港埋め立てに着工。
1994年(平成6年) - 宇和島圏地方拠点都市指定。
1997年(平成9年) - 国道320号柿原バイパス全面開通。宇和島港内港の埋め立て工事と港湾事務所完成。
2000年(平成12年) - 宇和島城築城400年祭。
2005年(平成17年)8月1日 - 北宇和郡吉田町・三間町・津島町と宇和島市が対等合併(新設合併)し、新しい宇和島市となった。
2008年(平成20年)10月15日 - 市立宇和島病院 全面的に建替え新館で開院
2010年(平成22年) - 南予文化会館が宇和島市立南予文化会館に改称。
2012年(平成24年)3月10日 - 四国横断自動車道宇和島北IC〜西予宇和IC開通。宇和島が全国高速道路網に繋がる。
2016年(平成28年) - 九島大橋開通
2019年(平成31年) - 宇和島市学習交流センターを開設。
2022年(令和4年)3月7日 - 宇和島市本庁舎が新築され、低層棟での業務を開始。
==== 旧・宇和島市 ====
山村豊次郎:1922年(大正11年)5月 -
久野廉: 1926年(大正15年)7月 -
山村豊次郎:1927年(昭和2年)3月 -
高橋作一郎:1930年(昭和5年)11月 -
井上源一:1933年(昭和8年)5月 -
赤松桂:1936年(昭和11年)7月 -
樋口虎若:1938年(昭和13年)7月 -
高畠亀太郎:1939年(昭和14年)6月 -
上田宗一:1942年(昭和17年)8月 -
国松福禄:1946年(昭和21年)5月 -
中平常太郎:1951年(昭和26年)5月 -
中村純一:1955年(昭和30年)5月 -
中川千代治: 1959年(昭和34年)5月 -
山本友一:1967年(昭和42年)5月 -
中川千代治:1971年(昭和46年)5月〜
山本友一:1972年(昭和47年)4月 -
菊池大蔵:1981年(昭和56年)2月 -
柴田勲:1989年(平成元年)2月 -
石橋寛久:2001年(平成13年)2月 -
== 行政 ==
南予地方の中核都市となっているが、産業経済面で芳しくなく、人口も流出を続けるなど、行政運営的には険しい環境にある。
岡原文彰
平成29年9月11日就任。3期目。
任期:2025年(令和7年)9月11日 - 2029年(令和11年)9月10日(予定)
定数:24人。2025年(予定)の次回選挙から20人。
任期:2025年(令和7年)9月11日 - 2029年(令和11年)9月10日(予定) …