Heimatgeschichte · Ritto ·

栗東市: 歴史

栗東市: 歴史

=== 古代 ===
市域では縄文時代から人々の生活が営まれ、弥生時代には葉山川・金勝川流域を中心に集落が形成された。古墳時代には岡古墳群や伊勢落古墳群など多数の古墳が築かれたほか、伊勢遺跡では弥生時代後期から古墳時代初頭にかけての大規模集落跡が確認されている。伊勢遺跡は国の史跡に指定されている。
奈良時代には東山道、平安時代には東海道が市域を通り、古くから畿内と東国を結ぶ交通の要衝となった。

室町時代後期の長享元年(1487年)、室町幕府第9代将軍足利義尚は近江守護六角高頼を討伐するため近江へ出陣し、市内の上鈎・下鈎一帯に御所や諸大名の陣所を構えた(鈎の陣)。義尚は約1年5か月にわたり当地に滞在したが、長享3年(1489年)に陣中で病没し、六角氏討伐は果たされなかった。この出来事は室町幕府の権威低下を象徴する事件の一つとされ、戦国時代への転換点と位置付けられている。
市域は古くから東海道が通る交通の要衝として発展した。江戸時代には東海道と中山道が草津宿で分岐・合流し、市域には目川立場や梅ノ木立場、中沢立場などが置かれた。 また、梅ノ木立場では辻村家が製造した和中散は東海道を往来する旅人の常備薬として広く知られ、現在も旧和中散本舗が国の史跡として保存されている。

1889年(明治22年)の町村制施行により、治田村、葉山村、大宝村および金勝村が発足した。
1913年(大正2年)には草津線が開業し、市域の鉄道交通が整備された。
高度経済成長期には、日本中央競馬会(JRA)が競走馬の調教施設として栗東トレーニングセンターの建設を進め、1969年(昭和44年)に開設した。これにより競馬関連産業が集積し、「馬のまち栗東」として発展する契機となった。

1953年(昭和28年)10月1日、治田村、葉山村、大宝村および金勝村が合併し、栗東町が発足した。
1964年(昭和39年)、名神高速道路栗東IC - 尼崎IC間が開通し、栗東インターチェンジの供用が開始された。翌1965年には名神高速道路が全線開通し、市は京阪神と中京圏を結ぶ広域交通の結節点として発展した。
1991年(平成3年)3月16日には東海道本線(琵琶湖線)栗東駅が開業した。駅周辺では土地区画整理事業や都市基盤整備が進められ、市街地形成の大きな契機となった。

2001年(平成13年)10月1日、市制を施行して栗東市となった。
2000年代には、市内下鈎地区に東海道新幹線の新駅(仮称「南びわ湖駅」)を設置する計画が進められた。2005年(平成17年)にはJR東海との工事協定が締結され建設工事が開始されたが、2006年(平成18年)の滋賀県知事選挙後に計画は見直され、2007年(平成19年)10月に工事協定が終了して計画は中止となった。
新駅計画の中止後、関連する栗東新都心土地区画整理事業は廃止された。栗東市は財政健全化に取り組む一方、2009年(平成21年)には「新幹線新駅中止後の新たなまちづくり基本構想(後継プラン)」を策定し、新駅予定地周辺を企業立地を中心とした土地利用へ転換した。
2021年(令和3年)には「栗東市工場等立地促進条例」を施行し、工場や研究施設などの立地支援制度を創設した。これにより企業誘致を推進し、新駅計画跡地を含む市内への産業集積を進めている。

1953年(昭和28年)に施行された町村合併促進法を受けて滋賀県は栗太郡治田村・葉山村・金勝村・大宝村の合併案を示し、4ヶ村で合併協議が行われた。4ヶ村では1948年に財政的な理由から組合立栗東中学校を設立していたこともあり、比較的困難なく事が進んだという。ただし治田村では、中山道沿いに草津町大字大路井と市街が連続していたほか開業時より草津駅が設置されていた大字渋川とそれに接する大字中沢が草津町との合併を望んだため、これら2つの大字について「時期を見て草津市に合併する」という条件付きで合併に賛成している。町名については、栗太郡の東部を意味し、既に中学校名として用いている「栗東」とした。1954年10月1日に4ヶ村が合併し、栗東町となった。
1954年10月に栗東町および草津市が発足してからも渋川・中沢では草津市への合併を求める動きが続いた。一方で栗東町はこれに反対し、しばらく平行線を辿った。渋川の住民は署名活動や滋賀県庁への陳情を行う一方、栗東町は渋川に相談所を設けて説得をするなどした。問題が長期化する中で1956年3月に自由民主党滋賀県支部連合会が調停に乗り出し、7月になってようやく両市町間で編入に関する協定が締結された。1956年9月1日ついに大字渋川は草津市に編入された。

1954年(昭和29年)10月1日 - 栗太郡治田村・葉山村・金勝村・大宝村が合併して栗東町が発足。
1956年(昭和31年)9月1日 - 大字渋川が草津市に編入。
2001年(平成13年)10月1日 - 栗太郡栗東町が市制施行して栗東市となる。なお、これにより栗太郡が消滅。

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Quelle: Text: Wikipedia – „栗東市“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: 椙元舟, CC BY-SA 3.0 – Wikimedia Commons