柏原市: 歴史
旧石器・縄文・弥生時代
歴史は古く、3万年ほど前の後期旧石器時代にまで遡るとされる。
4世紀〜7世紀頃
4世紀から7世紀頃に作られた遺跡や古墳は現在でも市内に数多く残っている。古代より大和川が大和から難波へと抜ける地点に位置している為、交通の要所としても栄えた。741年、聖武天皇が国状不安を鎮撫するために建立を命じた国分寺建立に、河内国分寺として現在の柏原市国分東条(こくぶひがんじょう)町にも作られたが、後に廃寺となる。
戦国時代
戦国時代後期には織田、豊臣氏の支配下となり、徳川政権下の江戸時代になると、戦争時には大坂の前衛地となる事から、重要な拠点として天領となり、幕府の支配下に置かれた。大坂の陣では奈良街道から亀の瀬を経て、現在の国分あたりに進出してきた徳川方と後藤基次が先頭に立つ大坂方が道明寺の戦いで激突した。今日、市内には両軍関わらず、多くの供養碑が建てられている。
江戸時代
1620年(元和6年)と1633年(寛永10年)に起きた大和川の洪水によって、柏原は壊滅的な被害を受けた。柏原が位置する河内国志紀郡の代官を務めていた摂津国住吉郡平野郷の末吉孫左衛門は、柏原を大坂・平野郷方面と南河内・大和方面を結ぶ水運の中継市場とするべく復興に尽力し、1636年(寛永13年)には平野川に柏原船の通行が始まった。以降の柏原村は、本郷・古町(当初は古新町)・今町(当初は新町)に三分される形態となった。大和川は1704年(宝永元年)の付け替えによって柏原から西流するようになり、旧河床では翌年から新田開発が始まり、1708年(宝永5年)に市村新田が成立した。
近代
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、志紀郡柏原村、市村新田が合併して志紀郡柏原村が発足。大字市村新田に村役場を設置。
1896年(明治29年)4月1日 - 郡の統廃合により、南河内郡柏原村になる。
1910年(明治43年) - 大字市村新田を市村に改称。
1915年(大正4年)1月1日 - 町制を施行して南河内郡柏原町となる。大字柏原に町役場を設置。
1939年(昭和14年)7月1日 - 中河内郡堅下村、堅上村と合併、所属郡を変更して中河内郡柏原町となる。
現代
1956年(昭和31年)9月30日 - 南河内郡国分町と合併して中河内郡柏原町となる。
1958年(昭和33年)10月1日 - 大阪府下で25番目に市制を施行して柏原市となる。同時に中河内郡が消滅する。
1960年(昭和35年)4月24日-マヘンドラ国王夫妻(ネパール王国)、国賓として訪問
1969年(昭和44年)3月 - 西名阪道路の供用が開始される。
2004年(平成16年)12月 - 市立柏原病院が開院する。
2004年(平成16年)12月 - 市立国分図書館が開館する。
2006年(平成18年) - 構造改革特区(「生きる学力育成」小中一貫教育特区)に認定。
2010年(平成22年)8月31日 - ダイエー柏原店が閉店する。
2014年(平成26年)4月1日 - 柏原市の中学校給食を開始。
2020年(令和2年) - 「龍田古道・亀の瀬」が日本遺産に認定される。