伊東市: 歴史
=== 古代 ===
旧石器時代:富戸芦田原遺跡や岡萩坂遺跡で活動の痕跡がみられる。
縄文時代:岡上ノ坊遺跡、玖須美竹の台遺跡で活動の痕跡がみられる。
弥生時代:岡日暮遺跡、岡瓶山遺跡で活動の痕跡がみられる。
古墳時代:宇佐美離山遺跡、新井塚畑遺跡で活動の痕跡がみられる。
680年:駿河国二郡が分離され、伊豆国が誕生する。
701年:大宝律令発布に伴う国郡里制施行により、伊豆国に田方・那賀・賀茂の3郡が置かれる。
715年:郷里制施行により里が郷へと改められ、郷の下に新たに2~3の里が置かれる。田方郡内における郷は平城京跡出土荷札木簡により棄妾、有雑(有参)、久寝などの郷が確認されている。
735年:9月、久寝郷坂上里日下部真廣や久寝郷坂本里矢田部千嶋が調として麁堅魚を貢納する。
735年:10月、久寝郷坂上里日下部遠麻呂や久寝郷坂本里物部百瀬、有雑郷多賀里桧前舎人部荒嶋・矢田部廣足などが調として麁堅魚を貢納する。
930年頃:『和名類聚抄』において新居、小河、直見、佐婆、鏡作、茨城、依馬、八邦、狩野、天野、吉妾(棄妾)、有辨(有雑・有参)、久寝の13郷が確認。このうち有辨郷、久寝郷の2郷が伊東市内に比定されている。
1261年:日蓮が著した「立正安国論」が幕府への批判と見なされ、伊東へと流罪(伊豆法難)となる。
15世紀末頃:伊東氏により鎌田城が築かれる。
1605年:ウィリアム・アダムス(三浦按針)が唐人川の河口で造船を行ない、西洋式大型帆船2隻をつくる。
1703年:元禄地震が発生、和田村・川奈村・宇佐美村は壊滅的な被害を受ける。
1762年:11月23日、行蓮寺において元禄津波犠牲者の60回忌として津波供養塔が建立される。建立年月日は不詳であるが佛現寺と恵鏡院においても元禄地震津波供養塔が境内に確認されている。
1918年(大正7年):伊東劇場が開業する。
1928年(昭和3年):材木商稲葉安太郎、温泉旅館東海館を創業する。
1935年:伊東線、熱海駅 - 網代駅間が開通する。
1938年:伊東線が全線開通、伊東駅が開業する。
1949年:10月、キネマ通り火事により32戸を焼失する。
1950年:7月、伊東国際観光温泉文化都市建設法が成立し、国際観光温泉文化都市(国際観光文化都市)に指定。9月、第1回伊東温泉競輪を開催。
1952年:5月、伊東スタジアムが完成する。8月、「伊東国際観光温泉文化都市建設法の一部を改正する法律」が成立(憲法第95条による法案改正案への住民投票は唯一この1例のみである)。
1955年:3月15日、富士箱根伊豆国立公園地域に指定される。
1958年:9月、狩野川台風により、死者58人、重軽傷者732人、家屋全壊125戸、流失76戸の被害を受ける。
1961年:12月、伊豆急行伊豆急行線 伊東駅 - 伊豆急下田駅間が開通、市内に新たに4駅が開業する。
1963年:4月、教育委員会が「伊東市民の歌」(作詞:サトウハチロー、作曲:中田喜直)を選定。
1965年:5月、諏訪市と姉妹都市提携を結ぶ。
1969年:6月、アジア太平洋協議会(ASPAC=アスパック)第4回閣僚会議が川奈ホテルで開催。
1974年:7月、国道135号御石ヶ沢トンネルが開通する。
1979年:10月28日、読売ジャイアンツの若手選手による地獄の伊東キャンプを決行。
1982年:8月10日、初の海外友好都市提携をイギリス・ジリンガム(en:Gillingham, Kent)と結ぶ。
1988年:3月、「平和都市(核兵器廃絶)」を宣言する。12月15日、松原大火により市内松原地区で全焼24棟、半焼2棟、部分焼15棟、水損2棟、焼損面積5,230平方メートルの被害を受ける。
1989年(平成元年):7月13日、伊東市沖合で海底噴火が起き、手石海丘が形成される。
1995年:6月、大原町に市役所新庁舎が完成、渚町より移転。旧市役所跡地は「松川藤の広場」の名称で公園として整備。
1998年:4月18日、当時の内閣総理大臣橋本龍太郎とロシア大統領ボリス・エリツィンによる首脳会談(いわゆる川奈会談)が川奈ホテルで開催。
2004年:1月11日、市ならびに市教委主催の成人式において、出席していた新成人の一部が酒に酔って来賓にヤジを飛ばしたり壇上へ乱入して舞台上の掲示物を引き剥がすなど、式典の進行を妨害。その一部始終が全国ニュースに取り上げられ、市に問い合わせ・意見などが殺到したことから、翌12日、当時の市長・教育長ら市幹部が急遽会見を開き、「告訴も含めた強い態度で臨む」と表明。騒ぎを起こした新成人の一部が保護者同伴で市長へ謝罪に訪れたものの市長は態度を崩さず、1月28日、市は伊東警察署に被疑者不詳のまま告訴状を提出。2月13日、伊東署は行為者9名を特定し威力業務妨害の疑いで静岡地検沼津支部に書類送検。4月19日、沼津簡易裁判所はこのうちの6名に罰金20万円の略式命令を下した。のちに「広報いとう」2004年11月号No.911において"原点"と題して特集が組まれ、当日の出来事の詳細や市民の意見、市長のコメントなどが掲載された。
2025年(令和7年):6月、前月に就任した市長田久保眞紀の学歴詐称疑惑が浮上し、市長と市議会の間で対立状態となる。
江戸時代末期 - 15の村々が存在する。
1889年(明治12年)4月1日 - 町村制施行、賀茂郡対島村、小室村、伊東村、宇佐美村となる。
1896年(明治19年)4月1日 - 4つの村がすべて賀茂郡から田方郡に移行する。
1906年(明治39年)1月1日 - 伊東村が町制施行、伊東町になる。
1947年(昭和22年)8月10日 - 伊東町および小室村が合併して市制を施行し、伊東市になる。
1955年(昭和30年)4月1日 - 対島村、宇佐美村が伊東市に編入される。 …