石狩市: 歴史
慶長年間に松前藩により「石狩場所」が設けられて以来、石狩は漁業や蝦夷(アイヌ)との交易の中心地として栄えた、また内陸部で切り出した木材を道外へ運ぶための木場も設けられるなど、江戸時代の石狩は石狩川流域地域との中継点として重要な役割を果たした。
また明治中期から昭和37年まで石狩油田が操業されていた。
1688年(貞享5年)- 水戸藩主・徳川光圀が派遣した快風丸が石狩に到着、御目付足軽深野萩右衛門が石狩川を探索している。
1694年(元禄7年)- 石狩弁天社の創建。
1830年 - 1843年(天保年間)- 浜益神社が創建される。
1848年(嘉永元年)- 厚田神社が創建される。
1858年(安政5年)- 浜益に庄内藩の陣屋が築かれた。同年、石狩には能量寺および石狩八幡神社が創建される。
1859年(安政6年)- 金龍寺および法性寺が創建される。
1863年(文久3年)- 曹源寺が創建される。
1869年(明治2年)- 北海道11国86郡が置かれ、石狩国および石狩郡が設置される。
1902年(明治35年)4月1日 - 二級町村制施行に伴い、石狩郡本町・弁天町・新町・浜町・仲町・横町・船場町・親船町・若生町・八幡町・生振村の区域をもって石狩町が成立。
1907年(明治40年)4月1日 - 花川村と新設合併し、一級町村の石狩町(いしかりちょう)となる。
1975年(昭和50年) - 石狩町の一部(石狩湾新港地区)を小樽市へ割譲。
1995年(平成7年)- 未定となっていた石狩町北東部の当別町との境界線を確定。
1996年(平成8年)9月1日 - 市制施行、石狩市となる。
2005年(平成17年)10月1日 - 厚田郡厚田村・浜益郡浜益村を編入。これにより、厚田郡及び浜益郡が消滅。
厚田村、浜益村との合併について2002年(平成14年)1月に研究会、2003年(平成15年)1月に法定合併協議会を設置。2004年(平成16年)9月の住民アンケート(回収率29.9 %)では合併賛成35.5 %、反対56.1 %だった。2005年(平成17年)1月16日に住民の直接請求による住民投票が行われたが、投票率43.34 %で開票条件の60 %に達せず不成立。これにより合併推進が確定。1月27日に3市村による合併協定書調印、2月8日に3市村にて合併議案可決、2月23日北海道へ合併申請書を提出。その後、官報に掲載され、2005年(平成17年)10月1日付で2村を編入合併することが確定した。