Heimatgeschichte · Izumi ·

出水市: 歴史

出水市: 歴史

薩摩の中では国府が置かれた高城地方(現在の薩摩川内市)とともに最も早くヤマト王権に属した。『和名抄』の薩摩国出水郡の地でもある。下鯖町の加紫久利神社は、薩摩二之宮と称される『延喜式』の式内社である。江戸時代には薩摩藩に属し、出水郡出水郷が置かれた。特に出水郷の武士団は事実上の鎖国状態であった薩肥国境地帯の防衛・警備・関所の管理を任ぜされ、出水兵児(いずみへこ)と呼ばれた。彼等は薩摩武士には珍しく、粘り強く常に実直冷静な強兵であったため、藩内でも高く評価されていた。この精神はその後代々請け継がれ、近現代以降、同地出身者で全国的に各方面で活躍する優秀な人材を多く輩出することとなる。

1943年4月 - 現在の出水市域内に出水海軍航空隊開隊
1945年3月〜8月 - 出水基地を主な目標とする米軍による空襲
1949年6月1日 - 出水駅にお召し列車が7分間停車。駅前奉迎が行われる(昭和天皇の戦後巡幸)。
1954年4月1日 - 出水町と米之津町の対等合併・市制施行により出水市が発足。
1997年7月10日 - 出水市針原地区土石流災害で死者21名をだす。
2004年3月13日 - 九州新幹線新八代駅 - 鹿児島中央駅間の部分開業により、出水駅が新幹線の駅となる。
2006年3月13日 - 出水市・野田町・高尾野町が対等合併し、新市制による出水市が発足。
2026年3月14日 - 出水市誕生20周年記念式典を実施。同日に予定していた花火大会は天候の関係で翌15日に延期され名護港で行われた。

1889年4月1日 - 町村制施行により、現在の市域にあたる以下の村が発足。
出水郡上出水村・中出水村・野田村・高尾野村・下出水村
上出水村 ← 武本村、上鯖淵村、上大川内村、下大川内村、上知識村
中出水村 ← 下知識村、六月田村、下鯖淵村、荘村
下出水村 ← 脇本村、江内村
高尾野村 ← 下高尾野村、唐笠木村、上水流村、下水流村、柴引村、大久保村
野田村 ← 上名村、下名村
1891年8月8日 - 【分立】上出水村 → 大川内村
1917年4月1日 - 【町制施行】上出水村 → 出水町
1923年7月1日 - 【町制施行】中出水村 → 米之津町
1924年4月1日 - 【改称】下出水村 → 三笠村
1932年4月1日 - 【町制施行】高尾野村 → 高尾野町
1949年4月1日 - 【分立】三笠村 → 江内村
1954年
4月1日 - 【新設合併・市制施行】出水町・米之津町 → 出水市
10月9日 -【編入合併】大川内村 → 出水市
1959年4月1日 - 【新設合併】高尾野町、江内村 → 高尾野町(新町制)
1975年4月1日 - 【町制施行】野田村 → 野田町
2006年3月13日 - 【新設合併】出水市、野田町、高尾野町 → 出水市(新市制)

出水市は国道3号、鹿児島本線など陸上の幹線の要衝として古くから発展してきたが、2004年3月13日の九州新幹線の部分開業以後は次第に生活圏の広域化が進むようになった。一番の変化として鹿児島市や熊本市への日常的な通学または通勤が毎月増加していることである。鹿児島中央駅への到達時間は約24分、熊本駅への到達時間は約30分である(これは姶良市や霧島市方面、鹿児島市南部の喜入より鹿児島市内の都心へ向かうよりも同等または早く着く)。運転は出水駅の始発は下りが朝6:42発、上りが朝6:33発で、鹿児島中央駅・熊本駅からの終電はそれぞれ23:00発である。朝と夕方は概ね30分間隔で運転されている。そのため、新幹線開業後、鹿児島・熊本方面から出水市の職場に通勤してくる姿も見られるようになった。アミュプラザ鹿児島等の開業も影響して次第に利用者が増えている。

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Quelle: Text: Wikipedia – „出水市“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: Muyo, CC BY-SA 3.0 – Wikimedia Commons