那珂川市: 歴史
=== 沿革 ===
1889年(明治22年)4月1日 - 市制・町村制施行により、那珂郡に以下の3村が発足。
安徳村、岩戸村、南畑村
1896年(明治29年)4月1日 - 那珂郡・席田郡・御笠郡の三郡を統合、筑紫郡となる。筑紫郡安徳村、岩戸村、南畑村。
1956年(昭和31年)4月1日 - 安徳村、岩戸村、南畑村が新設合併して町制施行、筑紫郡那珂川町となる。
1961年(昭和36年)4月 - 福岡県立福岡農業高校岩戸分校を那珂川町立南福岡高校に校名変更。
1964年(昭和39年)2月 - 那珂川町立南福岡高校を那珂川町立福岡女子商業高等学校に校名変更。
1965年(昭和40年)6月 - ごみ収集開始。
1966年(昭和41年)
3月 - 南畑ダム完成。
4月
天徳中学校と南畑中学校を統合し、那珂川中学校開校。
五ケ山小学校を南畑小学校に統合。
1970年(昭和45年)12月 - 新都市計画法により市街化区域(550ヘクタール)と市街化調整区域(1,350ヘクタール)の線引き決定。
1971年(昭和46年)4月 - 片縄に那珂川保育所開設。
1973年(昭和48年)
3月 - 広報なかがわ定期発行開始。
8月 - 第1回町民の夏祭り開催。
1974年(昭和49年)
1月 - 土地区画整理事業着手(安徳・岩戸)。
9月 - 第1回町民運動会開催。
1975年(昭和50年)
3月 - 山陽新幹線開通。
10月 - 国勢調査の人口増加率が県下一(56.9%の増加)。
1976年(昭和51年)
1月 - 新幹線博多総合車両所完成。
4月 - 那珂川町消防本部発足。
1977年(昭和52年)
6月 - 人口2万人突破。
10月 - 春日那珂川水道企業団を設立。
1978年(昭和53年)12月 - 役場庁舎移転(現在地)。
1979年(昭和54年)6月 - 西畑運動公園オープン(西畑球場・昭和の森)
1980年(昭和55年)
3月 - 市ノ瀬に中ノ島公園オープン。
4月 - 那珂川南中学校開校。
10月 - 国勢調査の人口増加率が1975年に続き県下一(40.8%の増加)。
1982年(昭和57年)
3月28日 - 「那珂川町町民憲章」を制定。
5月 - 恵子に町民体育館と恵子児童館開館。
1984年(昭和59年)8月 - 人口3万人突破。
1985年(昭和60年)10月 - 国勢調査の人口増加率が3回連続県下一(24.3%の増加)。
1986年(昭和61年)7月 - グリーンピアなかがわオープン。
1989年(平成元年)12月 - 「非核・平和都市宣言」決議。
1990年(平成2年)4月1日 - 博多南線開通。
1993年(平成5年)1月 - 博多南土地区画整理事業着工。
1994年(平成6年)
4月 - ミリカローデン那珂川・那珂川町葬祭場「華石苑」オープン。
5月 - 人口4万人突破。
1996年(平成8年)5月 - 博多南駅前広場オープン。
1997年(平成9年)
4月 - グリーンピアなかがわ人工スキー場オープン。
11月 ミリカローデンに屋内プール完成。
1999年(平成11年)4月 - 春日・大野城・那珂川消防組合発足。
2001年(平成13年)10月 - 住居表示開始(片縄西・恵子地区)。
2003年(平成15年)5月 - 安徳台遺跡群で奴国の有力首長墓発見。
2004年(平成16年)
4月 - 那珂川北中学校開校・博多南駅前ビルオープン。
5月 - 丸の口古墳公園オープン。
2006年(平成18年)2月 - 裂田溝が日本疏水百選に認定される。
2010年(平成22年)9月 - 人口5万人を突破。
2018年(平成30年)10月 - 市制施行により那珂川市となる。同日に筑紫郡も消滅した。日本における平成最後の市制施行となった。