東浦町: 歴史
=== 古代 ===
東浦町内には縄文時代早期の貝塚遺跡・入海貝塚があり、約7000年前から人が暮らしていたと考えられる。また入海貝塚近辺に存在する天白遺跡からは、弥生土器のみならず、古墳時代や奈良時代の須恵器、平安時代の瓷器の破片、奈良・平安時代の製塩土器の脚部、中世の山茶碗や近世初頭の陶片などが見つかっており、この地に長く人が住み続けたことを裏付けている。森岡地区に存在した金鶏山古墳(小学校の校庭拡張のため取り壊され現存しない)は6世紀ごろのものと見られ、提瓶や平瓶などが出土している。
律令制化での東浦町域は、始め入海里、次いで入海郷となり、やがて地域が再編成されていく過程で英比郷に組み込まれて行ったとみられている。
平安時代末期から知多半島において、猿投窯業の影響を受け、常滑焼に繋がる大規模な陶器生産が始まった。東浦町においても12世紀前半のものと見られる初期の窯跡が見つかっており、緒川地区の八巻古窯跡群が代表的である。その後、12世紀後半以降はさらに窯業が盛んになり、特に町の西部を中心にして多くの山茶碗が生産された。
源平合戦期には源氏再興の要として期待されていた清和源氏満政流の中で、緒川を根拠地とした一族が存在した。南北朝期には、小河氏が小河村(現・緒川地区)の領主として実質的な支配を行っており、『太平記』には延文5年(1360年)に美濃と尾張の守護土岐氏が、室町幕府の有力者であった仁木義長に味方した小河中務丞を攻めたという記事がある。当時の小河村は国衙領の一部であったが、尾張国衙領の税を得る権利を与えられた醍醐寺が上級の荘園領主として支配しており、小河氏は醍醐寺に寄進する形で支配を行っていた。
室町時代後期の応永年間には、「熊野旦那職譲状写」に「村木郷・石浜郷・生道郷・藤江郷(ただし江の字を欠く)」の名が登場しており、東浦町域において小河村以外にも村が成立したことがわかる。またこの頃には小河村は醍醐寺領から建仁寺冷泉院領になったとされる。この地域の村の成立は他の地域と比べて早いが、これは漁村・農村・交通の要衝という三つの要素を兼ね備え、多くの人が集まってきたからであると考えられる。衣浦湾岸に存在することから漁業や塩田等の海の生産に有利であっただけでなく、海と陸の結節点であることから船と馬の両者を利用できた上に、小さな河川がいくつもあることからそれを利用して水田を作ることが可能であった。この恵まれた条件が後に水野氏がこの地で台頭する背景になると考えられている。
戦国時代には徳川家康の母(於大)方の家系に当たる水野氏の居城があった。
江戸時代には、町域すべてが尾張藩の領地(一部寺社領)であった。
1970年代以降は住宅団地の開発が進み、人口が増加した。
戦国時代・江戸時代
天文23年(1554年) - 村木砦の戦い。
永禄元年(1558年)~永禄4年(1561年) - 石ヶ瀬川の戦い。
江戸時代 - 知多郡猪伏村・村木村・藤江村・有脇村・生路村・石浜村・緒川村が成立。
近代
1876年(明治9年) - 猪伏村と村木村が合併し、森岡村成立。藤江村と有脇村が合併し、広田村成立。
1878年(明治11年) - 石浜村と生路村が合併し、生浜村成立。
1882年(明治15年) - 生浜村が分裂し、石浜村・生路村を再置。広田村が分裂し、藤江村と有脇村を再置。
1886年(明治19年) - 武豊線開通
1887年(明治20年) - 石浜村と生路村が合併し、生浜村成立。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行。知多郡森岡村・緒川村・藤江村が発足。生浜村が分村して生路村と石浜村が発足。
1891年(明治24年)4月 - 生路村と石浜村が合併して生浜村が成立。
1892年(明治25年)5月 - 生浜村が生路村と石浜村に分村。
1901年(明治34年) - 緒川郵便局が開局。
1906年(明治39年)5月1日 - 森岡村の一部、緒川村・石浜村・生路村・藤江村の5村が合併し、知多郡東浦村が発足。
1925年(大正15年) - 東浦村役場が緒川字竹塚に移転。
1933年(昭和8年) - 尾張生路駅・尾張森岡駅が開設。
1934年(昭和9年) - 藤江駅開設。
1936年(昭和11年) - 東浦村大日本国防婦人会結成。
1944年(昭和19年) - 尾張生路駅・藤江駅を統廃合し東浦駅が開設。
現代
1948年(昭和23年)6月1日 - 東浦村が町制を施行して東浦町が発足。
1950年(昭和25年) - 愛知県立刈谷高等学校東浦分校開校。
1958年(昭和33年)
6月1日 - 町制施行10周年。
9月27日 - 町章を制定する 。
1968年(昭和43年)6月1日 - 町制施行20周年。町役場の位置を現在地に定める。
1971年(昭和46年) - 東浦町救急隊結成。
1971年(昭和46年)6月1日 - 大府市との間で境界変更。
東浦町大字緒川字鴉廻間の一部が大府市へ編入。
大府市吉田町字藤治池下・字三四田の各一部を東浦町へ編入。
1973年(昭和48年) - 刈谷高校東浦分校が独立して愛知県立東浦高等学校開校。
1974年(昭和49年) - 知多中部広域事務組合設立。
1977年(昭和52年)1月1日 - 町の花、町の木を制定する。
1979年(昭和54年)3月8日 - 町民憲章を制定する。
1981年(昭和56年) - 東浦工業団地完成。
1982年(昭和57年) - 知北平和公園開園。
1989年(平成元年) - 公共下水道の一部供用開始。
1991年(平成3年) - 東浦町中央図書館が開館。
1994年(平成6年) - 「於大のみち」完成。第1回東浦於大まつり(現・於大まつり)開催。
1995年(平成7年)10月19日 - 非核平和宣言を発し、記念碑を設置する。
1996年(平成8年)2月 - 逢妻川に架かる平成大橋が開通。全長307メートル。東浦町と刈谷市をつなぐ。
1997年(平成9年)3月21日 - 「東浦町の環境を守る基本条例」を制定。
1999年(平成11年) - 東浦町郷土資料館(うのはな館)開館。
2001年(平成13年)7月24日 - イオン東浦ショッピングセンター(現イオンモール東浦)が開店。
2002年(平成14年)
日本非核宣言自治体協議会に加入。
ISO 14001認証を取得。
2003年(平成15年)
於大公園開園。
被爆クスノキ2世及び被爆アオギリ2世を於大公園に植樹。
2004年(平成16年) - 知多北部任意合併協議会を設置。
2005年(平成17年) - 森岡工業団地完成。
2006年(平成18年)1月18日 - パブリックコメント制度を導入。
2008年(平成20年)
3月 - 「東浦町ふるさとづくり基金条例」を制定。
5月17日 - 日高義樹時事講演会(町制施行60周年記念事業)開催。
6月10日 - 小泉武夫記念講演会(町制施行60周年記念事業)開催。
6月12日 - NHK-FM放送「FMトワイライト」の公開録音(町制施行60周年記念事業)開催。
2011年(平成23年)10月 - 2010年国勢調査人口速報値が公表され、5万人を超えている数値となったが、総務省統計局の再調査により国勢調査人口確定値が5万人を下回ったため、町は市制移行を断念。
2012年(平成24年)2月 - 人口水増し疑惑が発覚する。
2013年(平成25年)2月 - 人口水増し疑惑をめぐり、不正の疑いが強まったとして前副町長が逮捕される。
2019年(平成31年)2月 - 東浦町町制70周年を記念した映画『バリアフリーかあちゃん!!』が公開される。