Heimatgeschichte · Sanmu ·

山武市: 歴史

山武市: 歴史

=== 沿革 ===
2006年(平成18年)3月27日 - 山武郡成東町・山武町・蓮沼村・松尾町が合併し山武市が発足。
2006年(平成18年)10月1日 - 市章を制定する。
2011年(平成23年)3月11日 - 沿岸部に東北地方太平洋沖地震による津波が襲い、死者1名と重傷者2名の人的被害が出た。海岸の防砂林を超えた津波による浸水被害のほかに、河川を逆流した津波が田畑に流れ込むなどの被害が出た。また、地震動により43棟が全壊し、438棟が半壊した(2012年2月1日現在、千葉県:東日本大震災について)。

合併以前は、山武郡・山武町とも読みは「さんぶ」であったが、現在の山武市の読みは「さんむ」である。武社国造や武射郡の読み方「むさ」を受け継いだ「さんむ」の方が古い歴史的な読み方であり、1975年あたりからいつの間にか「さんぶ」に変わってしまったので、重い歴史を持った「さんむ」の方が新しい市に相応しいためであるという。なお、「山武郡」は現在も「さんぶぐん」が正式な読みである。

九十九里市
2002年(平成14年)11月25日に山武地域合併準備会が発足した。当初はこの4町村と東金市、九十九里町が合併する計画で、2003年(平成15年)12月25日に山武地域合併協議会が新市名を九十九里市(くじゅうくりし)と決定し、2005年(平成17年)3月22日の合併を目指していた。2004年(平成16年)11月28日の東金市の住民投票で「合併反対」が多数となり離脱することになり、2005年(平成17年)1月31日に山武地域合併準備会が解散することになった。結局、東金市と九十九里町を除いた4町村が合併することになった。実現していれば13万人の都市になっていた。

太平洋市
2005年(平成17年)1月31日に山武中央4町村合併任意協議会が新市名を太平洋市(たいへいようし)と決定した。古谷淳・松尾町長(当時)は「決してパシフィック・オーシャンの意味ではない。大きな希望を持った平和な市と理解してほしい」と釈明したが、「一自治体が『太平洋』を名乗るべきではない」という趣旨の抗議が相次いだ。そのため、2005年(平成17年)2月27日に新市名を白紙撤回され、住民アンケートを行って同年3月15日に現在の市名に変更された。

変遷の年表

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Quelle: Text: Wikipedia – „山武市“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: Rsa, CC BY-SA 3.0 – Wikimedia Commons