南国市: 歴史
「田村遺跡」をはじめ、田村を中心に遺跡が多数あり、小高い丘陵の山上や山麓に約80基の古墳が残っている。
古代には律令国家のもとで、国衙が比江(ひえ)に置かれ、政治の中心として栄えた。
奈良時代の741年(天平13年)、この地に国分寺が建立され、前後して土佐国府が置かれ、土佐の中心地となった。
平安時代の930年(延長8年)から934年(承平4年)まで、紀貫之が国司(土佐守)として比江に赴任し、『土佐日記』を著した地としても知られる。
中世に入ると、1380年頃に細川頼益が土佐国守護代となり、政治の中心は田村へ移る。
戦国時代には長宗我部氏が本拠地として岡豊城を構えた。長宗我部元親はここを四国統一の足がかりとし、1574年(天正2年)に土佐を平定した。
江戸時代には、土佐藩第2代藩主山内忠義のもとで、家老として活躍した野中兼山は物部川を改修して新田開発を行うとともに、舟入川の水運を交通手段として商業圏を拓くなど開発事業を進め、新しい町を作ったた。その町作りに関わった入植者には年貢・役務を免除(御免)したことから、この町は諸役御免の町「御免町」、のちに「後免町」として、現在に至る町の中心市街地を形成することとなる。
また江戸時代には、からくり技術者・発明家として知られる細川頼直が当地で活躍した。
明治維新以降は、温暖な自然環境を生かして米の二期作と施設園芸を中心に農業が発展した。
第二次世界大戦後は町村合併促進法に基づき、1956年(昭和31年)9月30日付で、後免町、上倉村、瓶岩村、久礼田村、国府村、長岡村が合併して後免町が発足。また同日付で、大篠村、稲生村、十市村、三和村、前浜村、日章村が合併して香長村が発足した。
3年後の1959年(昭和34年)10月1日付で、後免町と香長村および、隣接する野田村、岡豊村、岩村が合併した上で市制施行し、南国市が発足した。いわゆる「昭和の大合併」で発足した市の一つである。
1959年(昭和34年)
10月1日 - 長岡郡後免町・香長村・野田村・岡豊村・香美郡岩村が新設合併して発足。
10月7日 - 大字松本・岩次・神通寺・立石・京田・蔵福寺島を香美郡土佐山田町に編入。長岡郡介良村の一部(伊達野の一部)を編入。
1967年(昭和42年)5月25日 - 市歌「南国市の歌」および市民音頭「南国おどり」を制定。
1996年(平成8年)1月1日 - 香美郡土佐山田町の一部(大字蔵福寺島)を編入。
2002年(平成14年)9月28日 - 戸籍事務を電子化。