高島市: 市名の歴史と由来
日本に現存する最古の正史である『日本書紀』の継体天皇即位前紀に「近江国高島郡三尾之別業」とあるのが初見である。『日本書紀』編纂時の郡名を用いて記されたもので、奈良時代には「高島」の名が使われていた。
『万葉集』『和名抄』などに「太加之萬」と記されていることから、早い時期から「タカシマ」の呼称が定着したと考えられている。
『日本書紀』や『古事記』(8世紀初頭成立)よりも成立が古い『上宮記』(7世紀初頭の推古朝成立と言われている)逸文には、継体天皇の父彦主人王(5世紀前半から中期の人物)が「弥乎国高島宮」に居たとの記事があり、これが高島の市名の由来になったとする説がある。
百貨店「髙島屋」の屋号のルーツ(創業者飯田新七の義父飯田儀兵衛の出身地)になっており、その縁で高島市と高島屋との共同企画なども実施されたことがある。
東京の高島平も高島四郎兵衛とその子孫、高島秋帆を介して間接的なつながりがある。奇しくも双方に高島高等学校が存在する。