Heimatgeschichte · Tougou ·

東郷町: 歴史

=== 東郷村の成立 ===
現在の町域には明治4年時点で諸輪村、和合村、傍示本村、祐福寺村、部田村が存在した。1878年(明治11年)に傍示本村、祐福寺村、部田村が合併して春木村となり、同年の郡区町村編制法の施行により各村に戸長役場が設けられた。1882年(明治15年)に諸輪村、和合村、春木村の3ヶ村で1つの戸長役場を設ける形に改めた。
1889年(明治22年)に町村制が施行された。これに伴って諸輪村、和合村は合併して諸和村となり、諸和村と春木村はそれぞれ村役場を設けた。
1906年(明治39年)に再び町村合併が行われ、諸和村と春木村が合併して東郷村が成立した。名称の選定は難航したが、愛知郡の東部、また尾張国の東部に位置することから、「東の郷」として「東郷」と命名したとされる。

1964年に東郷村は名古屋都市計画区域に組み入れられ、丘陵地帯の宅地開発が進んだ。これにより人口は急増して1969年に1万人を突破、同年の増加率は愛知県第2位の15.3%であった。村から町となる機運が高まり、1970年に村議会と県議会で可決、4月1日に東郷町となった。また、同時期に役場の移転・新築が進められ、1970年7月13日から新庁舎の使用を開始した。町制施行と庁舎落成の記念式典は合わせて7月21日に行われた。

平成の大合併の時期において、町民を対象に行われた合併する必要があるか問うアンケートでは、74.1%が肯定寄りの回答であった。住民有志が名古屋市との合併協議会設置について直接請求を行い、東郷町長は名古屋市長に対して合併協議会設置協議について議会に付議するか否かの意見を求めた。周辺の長久手町、日進市、豊明市でも同様の動きがあったものの、名古屋市長の松原武久は時期尚早としていずれも拒否した。

中心市街地を形成する「セントラル開発」を2008年から進めている。東郷町では商業地域がほとんどないため町民の消費の8割が町外で行われていることや、市街地が分散していることが課題として挙げられていた。この課題を解決するため、町役場の西側で土地区画整理事業を行い、大型複合商業施設の誘致やバスターミナルの整備、宅地開発を行った。商業施設については三井不動産グループが出店を決め、「ららぽーと愛知東郷」として2020年9月に開業した。

1906年(明治39年)5月10日:愛知郡春木村、諸和村が新設合併し、東郷村が発足。
1916年(大正5年):和合に電灯がつき、以後間もなく各地区にも行き渡る。
1921年(大正10年):東郷村歌(東郷行進曲)が作られる。
1922年(大正11年):村に電話が開通する。
1929年(昭和4年)9月15日:名古屋ゴルフ倶楽部・和合コースがオープン。
1935年(昭和10年):春木郵便取扱所(後の春木郵便局)が創設される。
1937年(昭和12年):役場庁舎を新築。
1948年(昭和23年):東郷村文化祭(農産物品評会、生花展示会、体育大会)開始。
1949年(昭和24年):愛知県立旭丘高等学校東郷分校開校。
1961年(昭和36年):愛知池完成。
1968年(昭和43年):愛知県立東郷高等学校が愛知県立明和高等学校を仮校舎として開校。
1970年(昭和45年)
4月1日:町制施行により東郷町となる。
5月:町章制定。
6月:春木羽根穴に役場庁舎移転新庁舎完成。
1974年(昭和49年):町の木にモッコク、町の花にアヤメを制定。
1976年(昭和51年):東郷音頭・東郷小唄が作られる。
1985年(昭和60年):町民憲章「わたくしたちの誓い」を制定。
1994年(平成6年):愛知池でわかしゃち国体夏季大会漕艇競技開催。
2000年(平成12年):東郷町巡回バス「じゅんかい君」運行開始。
2012年(平成24年)11月:東郷町イメージキャラクター「トッピィ」誕生。
2014年(平成26年)
3月:「都市の低炭素化の促進に関する法律」に基づく低炭素まちづくり計画を作成。
12月:東郷中央土地区画整理事業組合設立総会。

von Fremdinhalte · Regionauts

Quelle: Text: Wikipedia – „東郷町“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0