三芳町: 歴史
町名は、『伊勢物語』の「三芳野の里」からとられており、洪積台地の原野を「三芳野」という美称で呼んだものだという。1889年(明治22年)の合併の際に三芳野村とする予定だったが、先行して他に同名の3村が埼玉県内に誕生しており、県から「多すぎる」として変更を求められ、「野」を省き三芳村とした。なお三つの三芳野村は、その後の市町村合併で廃止されている。
江戸時代は川越藩が領有していたとされている。また、江戸時代には三芳町は何もない野原で、所沢の住民が作物の収穫用に使っていた。しかしある人が「三芳町に住もう」と思い、開拓された。人が住むためには、水が手に入りにくかったことから砂川堀が作られ、柳瀬川から水を引いた。しかし三芳町は土地が高いため水は来なかった。今は砂川堀は下水として使われており、魚が泳いでいる。
1871年(明治4年)11月14日 (旧暦) - 浦和県、忍県及び岩槻県が合併して、埼玉県が発足する。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、入間郡上富村、藤久保村、竹間沢村及び北永井村の区域をもって、入間郡三芳村が発足する。
1970年(昭和45年)11月3日 - 町制施行により、入間郡三芳町となる。