津幡町: 歴史
古代から北陸道の能登国への分岐点として宿場町が栄えた。倶利伽羅峠で、木曾義仲が「火牛の計」を用いて平家を破ったという伝説が残っている。
町域は加賀国と能登国に跨っており、牛首・瓜生・上河合・下河合・上大田は能登の国域であった。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、河北郡津幡町、東英村、種谷村、笠井村、笠野村、中条村、井上村、倶利伽羅村、萩坂村及び羽咋郡河合谷村が発足する。
1907年(明治40年) 8月10日 - 東英村及び種谷村が合併して、英田村が発足する。又、笠井村及び笠野村が合併して、笠谷村が発足する。並びに、倶利伽羅村及び萩坂村が合併して、改めて倶利伽羅村が発足する。
1947年(昭和22年)10月29日 - 昭和天皇が行幸(昭和天皇の戦後巡幸)。津幡小学校や駅前で奉迎が行われた。。
1954年(昭和29年)3月31日 - 津幡町、中条村、笠谷村、井上村及び英田村が合併して、改めて津幡町が発足する。
1954年(昭和29年)5月16日 - 羽咋郡河合谷村を編入する。
1954年(昭和29年)10月1日 - 森本町の区域の内、浅谷の区域を編入する。
1957年(昭和32年)2月1日 - 倶利伽羅村を編入する。
1964年(昭和39年)7月17日 - 津幡川の氾濫による水害が発生し、3人が死亡、771戸が浸水する。
1983年(昭和58年)5月22日 - 町内で、第34回全国植樹祭が開催される。
1990年(平成2年)11月 - 国道8号俱利伽羅バイパスの供用を開始する。
1994年(平成6年)9月25日 - 町内で、第18回全国育樹祭が開催される。
1996年(平成8年)6月1日 - 金沢市及び津幡町の区域の境界の一部区域を変更する。
2008年(平成20年)3月15日 - 国道8号津幡北バイパスが全線開通。
2016年(平成28年)11月6日 - 県道高松津幡線河北縦断道路が全線開通。