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利府町: 歴史

利府町: 歴史

神亀元年(724年)、仙台平野を南北に分けるように奥羽山脈から松島湾まで東西に横たわる松島丘陵の東南麓に陸奥国の国府兼鎮守府の多賀城が創建された。丘陵を越える街道の南側の入口に位置する利府の森郷地区には勿来の関が築かれた。この勿来の関は白河の関や鼠ヶ関と共に奥州三関の一つであるとの説がある。利府町は、現在の仙台市宮城野区、多賀城市、塩竈市、七ヶ浜町とともに陸奥府中内に当たるが、「国府」や「府中」が町名の由来かどうかは不明である。

平安時代末期の文治5年(1189年) 源頼朝が東北地方全域を支配していた奥州藤原氏を滅ぼすと、翌年、奥州藤原氏の重臣である大河兼任が反乱を起こした。この乱を鎮圧した頼朝の御家人の伊沢家景は、頼朝から陸奥国留守職に任ぜられた。伊沢氏の子孫は留守氏を称するようになり、代々、陸奥国留守職に任ぜられた。伊沢家景の墓は、現在、利府町内にある。
戦国時代末期 豊臣秀吉の奥州仕置により留守氏は改易され、その後、伊達氏の家臣として存続した。葛西・大崎一揆の戦後処理で、伊達氏は現在の山形県南部・宮城県南部・福島県からおおよそ宮城県および岩手県南部へと、北へ追いやられた。慶長5年12月24日(1601年1月28日)、伊達政宗は仙台城を築城し、政宗を初代藩祖とする仙台藩が誕生した。利府も仙台藩の一部となった。
1884年(明治17年)、森郷仲町の日野藤吉が2反歩の水田を畑に転換し、そこにナシの苗木150本を植えた。これが利府におけるナシ栽培の始まりである。日野はナシ栽培の普及と改良に尽力し、やがては利府にナシの栽培が広まっていった。
1889年(明治22年)4月1日 町村制の施行により、利府村が発足する。この翌年に、現在の東北本線に当たる日本鉄道の線路が利府に敷設され、1894年(明治27年)に利府駅が設置された。
1967年(昭和42年)10月1日 利府村は町制施行して、利府町となる。
1986年(昭和61年)三陸自動車道の利府中ICが開通した。
2000年(平成12年)4月28日 イオン利府ショッピングセンター(現:イオンモール新利府 北館)がオープン。その隣接地に商業集積地の利府ペアガーデン等もオープンした。その後、2011年11月21日に「イオンモール利府」に改称。
2021年(令和3年)3月5日 「イオンモール新利府 南館」がグランドオープン。2021年(令和3年)7月2日には既存棟の「イオンモール新利府 北館」がリニューアルオープン。南館・北館を合わせ、東北最大級で国内3番目の規模のイオンモールが誕生した。
2021年(令和3年)7月1日 利府町文化交流センター「リフノス」が開館。
2021年(令和3年)7月21日・7月24日・7月27日・7月28日・7月30日・7月31日 町内の宮城スタジアムにて東京2020オリンピックのサッカー競技が10試合開催された。

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Quelle: Text: Wikipedia – „利府町“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: ChiefHira, CC BY-SA 3.0 – Wikimedia Commons