釜石市: 歴史
「釜石」の地名は、アイヌ語の「クマ・ウシ」(魚を干す場所があるところ)に由来するという説や、また仙人峠の麓の甲子川沿いにある巨岩を釜に見立てたことにちなむという説などがあるが、いずれも定説とはなっていない。
古くは三陸地方の小さな漁村であったが、幕末に盛岡藩士の大島高任が日本初の商用高炉(後の世界遺産・橋野高炉跡)を成功させたのを嚆矢として、明治政府により日本初の官営製鉄所が建設され、日本の近代製鉄発祥の地となった。また釜石港で日本の海図の第1号が作成されている。
1880年(明治13年)9月に操業開始した官営製鉄所は、必要な木炭の供給不足や火事などでわずか97日で操業を停止。1882年(明治15年)3月に操業再開するも再び不具合があり同年12月に廃止が決定した。また1882年夏にはコレラの大流行があり、翌年4月の勘兵衛火事では石応寺本堂を含む600軒が焼けている。
廃止された製鉄所や鉱山に残る設備などの払い下げが始まる中、製鉄所そのものの再興に手を挙げたのが東京の田中長兵衛であった。娘婿の横山久太郎が派遣され、およそ2年にわたる苦闘の末に銑鉄の継続的な生産に成功。1887年(明治20年)7月に釜石鉱山田中製鉄所が発足した。
1894年(明治27年)には国内初のコークス銑の生産に成功。1901年(明治34年)2月、官営八幡製鐵所の操業開始にあたっては釜石より選抜された7名の熟練高炉作業者が派遣される。二代目田中長兵衛が病没した1924年(大正13年)3月には三井鉱山に経営が移譲され、釜石鉱山株式会社が設立。
太平洋戦争では米軍による釜石艦砲射撃により市街地が壊滅するも戦後に復興し、日本がオリンピック景気で建設需要の高まった最盛期には人口が9万人を超えるなど、東北有数の重工業都市となった。また新日本製鐵釜石製鐵所(現日本製鉄北日本製鉄所釜石地区)の実業団チームであった新日鉄釜石ラグビー部は、1978年から1984年にかけて日本選手権7連覇を達成し、その強さから「北の鉄人」と呼ばれ、日本ラグビー史に一時代を築いたチームとなった。その後、神戸製鋼が1988年 - 1994年に同じく7連覇したものの、新日鉄釜石の記録を上回るチームは現れていない。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制が施行。
釜石村と平田村が合併し、南閉伊郡釜石町が成立。
甲子村が単独で村制施行し、南閉伊郡甲子村が成立。
旧・鵜住居村、片岸村、両石村、箱崎村が合併し、南閉伊郡鵜住居村が成立。
栗林村と橋野村が合併し、南閉伊郡栗橋村が成立。
唐丹村が単独で村制施行し、気仙郡唐丹村が成立。
1897年(明治30年)4月1日 - 郡の統合により南閉伊郡と西閉伊郡が合併し、上閉伊郡となる。
1937年(昭和12年)5月5日 - 釜石町が単独市制施行し、釜石市となる。市章を制定、河北新報社が「釜石市民歌」(作詞:広瀬喜志、作曲:古関裕而)を選定。
1943年(昭和18年)11月22日 - 未明に釜石五地割から出火し、同地区西手一帯に延焼。焼失戸数230戸(177棟)に及ぶ大火となった。
1945年(昭和20年)7月14日・8月9日 - 太平洋戦争末期に2度の艦砲射撃で市街地、製鐵所が壊滅的な被害を受ける(釜石艦砲射撃)。
1947年(昭和22年)8月8日 - 昭和天皇の戦後巡幸。製鉄所、税関などに行幸。
1955年(昭和30年)4月1日 - 旧・釜石市、甲子村、鵜住居村、栗橋村、唐丹村が合併。
1959年(昭和34年)7月24日 - 平和都市を宣言。
1960年(昭和35年)7月 - ポリオが流行。葛巻、大槌両町と合わせて感染者227人に及んだ。
1962年(昭和37年)3月29日 - 安全都市を宣言。
1975年(昭和50年)4月1日 - 市花・市木・市鳥を制定。市民憲章を制定。
1976年(昭和51年)1月2日 - 市内中心部で火災。及新百貨店などに延焼して14棟が焼失。また、約1 km離れた山林にも飛び火して山火事となり、約120 haが焼失。
2003年(平成15年)5月26日 - 午後6時24分の三陸南地震で只越町で震度5強を観測。
2008年(平成20年)7月24日 - 午前0時26分の岩手県沿岸北部地震で中妻町で震度5強、只越町で震度5弱を観測。
2011年(平成23年)3月11日 - 東日本大震災による津波で壊滅的な被害を受ける。巨大津波などの水害に耐えられるよう設計され2008年に竣工した釜石港湾口防波堤も決壊。
2014年(平成26年)3月 - 震災復興事業として誘致したイオンタウン釜石がオープン。
2015年(平成27年)
3月2日 - 2019年に日本で開催されるラグビーワールドカップの開催地に決定。
7月5日 - 橋野高炉跡および関連施設を含んだ明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業が世界遺産に登録。
2019年(平成31年)
3月9日 - 釜石自動車道が全線開通。
11月3日 - ワールドラグビーよりラグビー界に貢献した個人・団体に贈られる「キャラクター賞」に市が選出。東日本大震災からの復興を通じてラグビーの価値を高めたことが理由。