Heimatgeschichte · Shiroishi ·

白石市: 歴史

白石市: 歴史

古代東山道、中世奥大道、近世には関東から奥羽(東北地方)へと続く奥州道中の宿駅が設けられた。白石からは、山中七ヶ宿街道から二井宿峠・金山峠越え、あるいは蔵王町宮を経て四方峠、笹谷峠越えの出羽道、角田・丸森を経て大沢峠越えの相馬道があり、古来、交通の要衝であった。
奈良時代養老5年に柴田郡から苅田郷・篤借郷を割いて、苅田郡として成立した。平安時代中期(10世紀前半)に成立した『和名類聚抄』によれば、苅田郡は篤借郷・苅田郷・坂田郷・三田郷の四郷に増えている。刈田郡家は白石市本郷遺跡・大畑遺跡に所在することが発掘調査によって明らかにされている。
平安時代末の11世紀に、藤原経清(亘理権大夫)の子で奥州藤原氏初代・藤原清衡と同母兄弟の刈田経元は後三年の役を清衡と共に戦い、戦後源義家から刈田・伊具の両郡を与えられ、刈田郡白石に土着して刈田氏を称した。経元の玄孫である第5代目当主の刈田秀信は文治5年(1189年)に源頼朝に従い、世代的に族父にあたる藤原泰衡討伐に従軍したが、戦死を遂げた。 刈田郡と伊達郡の境にある厚樫山が奥州藤原氏と源頼朝率いる鎌倉勢との最大の激戦地となった。秀信の弟である第6代当主・秀長から白石氏を称し、鎌倉時代から室町時代まで、刈田郡を統治していた。
室町時代後期(戦国時代)になると、白石は伊達氏の支配下に置かれた。伊達政宗は豊臣秀吉の停戦命令を無視して、会津地方の蘆名氏を攻め滅ぼし、さらに須賀川の二階堂氏をも攻め滅ぼした。こうした政宗の領土拡張で伊達成実と共に特に功績が大きかった白石宗実は、政宗の領土仕置によって白石を離れ宮森城(福島県安達郡岩代町)へと移った。1590年(天正18年)、天下統一が成ると、秀吉は奥州仕置で蒲生氏郷を会津に入れ、白石は氏郷の領地となった。氏郷の死後には、その領地を上杉景勝が引き継ぎ、白石は上杉120万石の一部となった。秀吉の死後、政宗は徳川家康に協力し、会津征伐では上杉勢と戦った。政宗は白石城の戦いで上杉氏から白石城を奪い取り、白石に側近である亘理城主片倉景綱(小十郎)を入れた。こうして白石は仙台藩の一部となった。
戦後、家康は一国一城令を発令し日本全国の城を破却させた。しかし白石城は例外的に城として認められ、白石は明治維新までの260余年間、片倉氏の城下町として栄えた。戊辰戦争の際、仙台藩が奥羽越列藩同盟の盟主になると、白石城に列藩同盟公議府が置かれた。しかし、戊辰戦争の敗北により同盟政府は崩壊した。片倉家主従は、亘理伊達家主従や岩出山伊達家主従、角田石川家主従らと共に北海道へ移住し、片倉家主従は幌別郡(現在の登別市)および白石村(現在の札幌市白石区)・月寒村(現在の札幌市豊平区)を開拓した。札幌市には現在も「白石」の地名が残る。
戊辰戦争の敗北により、白石をはじめとする仙台藩南部の5郡は一時南部氏の所領となる。その後「白石県」「角田県」となった後、「宮城県」となる。

1954年(昭和29年)4月1日 - 刈田郡白石町、大鷹沢村、大平村、越河村、斎川村、白川村、福岡村が合併し、白石市が発足。宮城県内で6番目の市制施行。
1957年(昭和32年)3月31日、小原村を編入。

市制施行に先立ち、白石町長の麻生寛道は周辺町村との合併を提唱し、町議会や近隣町村の首長に合併と新市建設への合意を求めた。
新市長の選出までは、旧斎川村長の成沢国喜が市長職務執行者を務めた。1954年5月12日の市長選挙では麻生が無投票当選した。初代市長となった麻生は施政方針で新市を田園都市と位置付け、農村振興と商工業の拡張、道路・交通の整備、観光や教育・文化の充実を掲げた。
市制施行後の白石市は財政難に直面し、麻生は市議会の議決に基づいて1956年5月30日に財政再建団体の指定を申請した。市は6月1日に指定を受け、行政組織や職員配置の合理化、経費の抑制、収入の確保などを内容とする再建計画に取り組んだ。『白石市史』は、1957年ごろからの景気上昇に伴って市税や交付税などが増加したと説明している。再建計画の期間は短縮され、1963年3月31日に指定が解除された。

1956年9月30日6時20分52.2秒に白石付近の北緯37度58.7分 東経140度36.6分、深さ11 kmにてM 6.0の地震があり、福島で最大震度4を観測した。白石では震度5と推測され、死者1名、負傷者1名、建物被害17件、この他墓石の倒壊や崖崩れなどの被害が出た。震央付近で8 mm程度の沈降が発生した他、地震当日に18回の有感余震が発生している。

von Fremdinhalte · Regionauts

Quelle: Text: Wikipedia – „白石市“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: neuropower, Public domain – Wikimedia Commons