瑞穂町: 歴史
=== 古代 ===
旧石器時代
人が住み始めたのは旧石器時代といわれ、浅間谷や狭山遺跡では、その頃の石槍が発見されている。石槍は、瑞穂町郷土資料館に展示されている。
江戸時代
江戸時代に入り、八王子千人同心が日光勤番の往復に利用する日光脇往還が町内を南北に縦断した。これを瑞穂町内では日光街道とも称する。都市間連絡道路としては現在の国道16号(日光脇往還のバイパスのバイパス)がそれを踏襲している。
この街道と、奥多摩の石灰を江戸に輸送するために開かれた青梅街道との交差する箱根ヶ崎が宿駅として発達し、江戸後期には街道結節点の宿場町、陸上交通の要として栄えた。
さらに幕府の新田開発の奨励により、栗原・長谷部・下師岡の3つの新田が開かれた。
明治
1889年(瑞穂町前史)に箱根ヶ崎・石畑・殿ヶ谷・長岡の4か村をもって組合を組織し、行政運営を行う。
昭和
1940年11月10日 - 箱根ヶ崎村、石畑村、殿ヶ谷村、長岡村を廃して町制施行、瑞穂町となる。町名は当時の東京府知事・岡田周造が名付けた瑞祥地名。
昭和
1958年10月15日 - 埼玉県入間郡元狭山村を編入する。なお、元狭山村のうち二本木の第二区・第三区・第四区の全域と第十区の一部、および狭山台は、前日の10月14日に入間郡武蔵町へ編入された。
令和
2020年(令和2年)1月6日 - 新庁舎での業務開始。