綾部市: 歴史
「綾部市史」の年表によれば、雄略天皇16年、「桑に適する国境に桑を植え秦氏(はたし)を移住させて庸調を献じさせる」「漢部を集めて其伴造(とものみやつこ)を定め直(あたい)を賜う」と日本書紀に見られるとされる。
平安時代には隣接する福知山市とともに荘園が多く存在していた。
鎌倉時代、宮将軍に従って東下した綾部市上杉の公家・上杉重房がいた。
この一族は武家化して足利尊氏の親族となり栄え、市域にあたる丹波八田郷上杉は尊氏の出生地とも考えられている。
足利将軍家により丹波国の安国寺利生塔である安国寺が置かれた。
南北朝、室町時代には、新田氏一族の江田氏が綾部城を築く。
江戸時代には水軍で有名な九鬼氏の2万石綾部藩、谷氏の山家藩1万石とその分家(旗本)の十倉領、梅迫領、上杉領、藤掛氏の上林領が成立した。
1889年(明治22年)– 明治の大合併により、現在の綾部市域には、何鹿郡綾部町、中筋村、吉美村、西八田村、東八田村、山家村、口上林村、以久田村、小畑村、物部村、志賀郷村、中上林村、奥上林村、佐賀村が発足。
1892年(明治25年) – 綾部町に住む出口なおが神懸かりし、新宗教大本の原型が誕生する。
1896年(明治29年) – 郡是製絲株式會社が設立される。
昭和時代(戦前)
1936年(昭和16年) – 第二次大本事件で大本教団土地を綾部町が購入、教団全施設破壊。
1945年(昭和20年)– ポツダム宣言受諾。綾部町、第二次大本事件で入手した土地所有権を大本に返還。
昭和時代(戦後)
1949年(昭和24年)– 以久田村が小畑村を編入のうえ改称し、豊里村となる。
1950年(昭和25年)
8月1日 – 何鹿郡綾部町、中筋村、吉美村、西八田村、東八田村、山家村、口上林村が合併し、市制施行。
10月14日 – その後各自治体に広がる世界連邦都市宣言第1号となる。
1951年(昭和26年)11月13日 - 市内に昭和天皇の戦後巡幸。郡是製糸工場などを視察。
1955年(昭和30年)4月10日 – 何鹿郡豊里村、物部村、志賀郷村、中上林村、奥上林村を合併。農林省から「新農村建設計画」の指定を受ける。
1956年(昭和31年)9月30日 – 何鹿郡佐賀村の東部(石原・小貝および私市の一部)を合併(西部は福知山市へ。これにより何鹿郡が消滅)。
1957年(昭和32年)1月10日 - 市役所本庁舎竣工。「綾部市歌」を制定。