Heimatgeschichte · Shimamoto ·

島本町: 歴史

島本町: 歴史

島本町は天王山と男山に挟まれており、摂津国と山城国を結ぶ道の中で唯一山越えをしなくてすむ交通の要所である。古くから朝廷と大宰府を結ぶ山陽道が通っており、その環境下で繁栄してきた。
水無瀬川と淀川が合流する付近(現在の広瀬地区、東大寺地区)は水無瀬とよばれ、古くは東大寺の荘園であった。景色の美しさとたなびく霞で知られ、「万葉集」の時代から歌枕とされた。後鳥羽上皇はこの地をことのほか愛し、水無瀬離宮を造営した。上皇が亡くなった後、離宮跡は上皇の御影堂である水無瀬宮(現在の水無瀬神宮)となった。その他、小倉百人一首のうち50句を合わせ言葉の順番に並べると、水無瀬の絵図が完成する。これは藤原定家が絵図に一致する歌を集めたためといわれている。また、新古今和歌集巻一春上の「見渡せば山もとかすむ水無瀬川 夕べは秋となに思ひけむ」は後鳥羽上皇がこの地を詠んだものである。
また、桜井地区は湊川の戦いに出陣する楠木正成が嫡子楠木正行と別れた「桜井の別れ」の地として太平記に登場する。現在の島本町章は、「嶋本」の文字を楠木氏の家紋である菊水に似るよう変形させたものである。
その他、豊臣秀吉(羽柴秀吉)と明智光秀が戦った山崎の戦いの古戦場としても知られる。

1889年(明治22年)4月1日 町村制施行により、島上郡桜井村、高浜村、広瀬村、東大寺村、山崎村、尺代村、大沢村が合併して、島上郡島本村となる。
1896年(明治29年)4月1日 三島郡が成立。
1940年(昭和15年)4月1日 町制を施行し、三島郡島本町となり、現在に至る。
1973年(昭和48年)1月4日 町役場庁舎を広瀬1-5-6から、島本町住民センター内(桜井2丁目1番1号)に移転し、同日より執務開始。
2025年(令和7年)5月7日 町役場新庁舎棟が開庁(旧庁舎については同年7月から減築改修工事を開始)。

山田紘平 - 島本町長
伊丹英子 - ミュージシャン。メスカリン・ドライヴ、ソウル・フラワー・ユニオン
滝野莉子 - フィギュアスケート選手
羽田健人 - プロサッカー選手
中村佳穂 -シンガーソングライター

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Quelle: Text: Wikipedia – „島本町“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: 663highland, CC BY-SA 4.0 – Wikimedia Commons