御前崎市: 歴史
2004年(平成16年)4月1日 - 榛原郡御前崎町、小笠郡浜岡町が合併し市制施行。発足時の人口は約3万5,000人。
合併後の新市名は2003年(平成15年)1月15日、浜岡町役場で開催された第5回合併協議会において決定した。2町とも愛着と誇りを持っており、決定することは大変難しいとされる中、全国的にも有名な「御前崎市」の案が出され、委員の全会一致を以て「御前崎市」に決定した。
第5回合併協議会では合併後の市役所庁舎の位置についても決定となった。当時の財政状況や社会情勢から新庁舎を設けることはせず、浜岡町役場を本庁舎として、御前崎町役場を支所として活用することとなった。
2009年(平成21年)8月11日 - 御前崎沖の海上でM6.5の地震が発生。御前崎市では震度6弱の揺れを観測し、6人が負傷、512棟が一部破損するなどの被害があった。
市名の由来に関しては2つの説が存在している。
岬の沿岸で海難事故が発生したことから江戸幕府が1635年(寛永12年)に灯台を設置し、観音堂を建立した。「神社の前にある岬」から「御前崎」と呼称されるようになったとするのが第一の説である。
第二の説は、馬の生産地として知られていたことから「御厩崎」(うまやざき)が転じて「御前崎」となったとするものである。
日本地名研究所の所長を務めた谷川彰英は、第一の説が妥当な解釈であると指摘している。