Heimatgeschichte · Kamisato ·

上里町: 歴史

上里町: 歴史

1883年(明治16年)12月に東京・上野と群馬・新町を結ぶ日本鉄道(現在のJR高崎線)が開通。1897年(明治30年)5月に停車場建設の工事が開始された。停車場の用地などは各市町村、地元有志からの寄付金を募って集め、日本鉄道と交渉し、11月に神保原停車場(現在の神保原駅)が開業した。明治43年の神保原駅の時刻表には、上下9便のみであった。当時は、5、6両連結で蒸気機関車で運転していたため、上里町大光寺裏の急な坂道を登りきれず、後戻りして勢いをつけて上がることもあった。
神保原駅の駅名の由来は、地元の神保原村から付けられている。(神保原村は、石神村、忍保村、八丁河原村からそれぞれ付けられた。)駅ができたことにより、上里町の近代化が始まった。

また、当町は2021年で町制50周年を迎えた。ホームページでは、町制施行50周年記念サイトが作られた。
上里町と株式会社西武ライオンズは2021年4月9日(金)、西武ライオンズの地域コミュニティ活動「L-FRIENDS(エルフレンズ)」の活動の一環である「連携協力に関する基本協定」を締結した。
2022年6月2日、上里町や北関東付近で大量の降雹が発生した。七本木小学校では、窓ガラスが40枚以上割れるなどの大きな被害となった。(上里・北関東集中雹害)

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Quelle: Text: Wikipedia – „上里町“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: Hasec, CC0 – Wikimedia Commons