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西都市: 歴史

西都市: 歴史

記紀によると、天照大神の孫瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)は日向の高千穂峰に降臨した。その後、居を構えたのが現在の西都市であったとされる。
西都市は日本最大の古墳集積地帯である。
律令期には現在市の中心部となっている妻(つま)地区に日向国国府、日向国分寺、国分尼寺が置かれ、日向国の中心地として栄えた。室町時代~戦国時代には日向国主伊東氏が市南部に都於郡城を構え本拠地とし、領国経営の拠点とした。天正遣欧少年使節主席正使としてヨーロッパに渡った伊東マンショは、都於郡城で生誕した伊東氏の一族である。薩摩国の島津氏からの侵略により伊東氏が一時衰退した際、都於郡城には島津義久が入城し、豊臣秀吉の九州征伐、高城の戦いにおける前線基地となったが、島津氏は根白坂の戦いにおいて豊臣秀吉に完敗し日向国から放逐され、都於郡城は戦後廃城となった。
江戸時代は、穂北に幕府の番所が設けられ妻・穂北(ほきた)地区は幕府の天領となり、三財(さんざい)・三納(みのう)・都於郡(とのこおり)地区は佐土原藩に組み入れられた。この時期には伊東氏飫肥藩領の赤江・城ヶ崎地区(現宮崎市赤江地域自治区)が、日向国の江戸・上方との交易本拠地としての性格を備え、西都地区は日向国の物流拠点としての機能を次第に失ったようである。また、市の中心に横たわり、市名の由来でもある西都原(さいとばる)台地は、古代より斉殿原(さいとのはる)と呼ばれていたが、江戸時代に西都原(「さいとのはる」から「さいとばる」へ)の呼称が定着したとされる。
児湯郡東米良村の一部は米良山であった。米良山は元和年間(1615年-1624年)に人吉藩の属地とされ、廃藩置県(1871年)の際には人吉県(後に八代県、球磨郡の一部の扱い)となり、1872年に美々津県(宮崎県の前身)児湯郡に移管された。その為、1872年まで現在の西都市寒川、尾八重、中尾、八重、銀鏡、上揚の各地区は球磨郡(当時の球磨郡)の寒川谷村、猪窪谷村、岩井谷村、尾八重谷村、椎葉谷村、鳥巣谷村、東八重谷村、銀鏡谷村、登山谷村、杖山谷村、浜砂谷村、横平谷村であった。その後、美々津県(上記の通り宮崎県の前身)に移管されて児湯郡寒川村、尾八重村、中尾村、八重村、銀鏡村、上揚村となった後、児湯郡東米良村の一部になり、後に西都市の一部となって現在に至っている。

近代以降は宮崎 - 妻・杉安(すぎやす)間に鉄道(後の国鉄妻線・1984年廃止)が敷設され一ツ瀬川流域の農産物・木材の集散地として栄えた。1955年(昭和30年)に児湯郡妻町・上穂北村が合併し、西都町が置かれ、1958年(昭和33年)に三納村・都於郡村を統合し市制施行、1962年(昭和37年)に三財村・東米良村を合併し現在の市域を持つに至った。1960年代には一ツ瀬ダムが建設され、この時期に西都市の人口は5万人を超え、杉安地区の一ツ瀬河畔は日向の嵐山と呼ばれ屋形船が行き交った。
1980年代前半には市街地再開発等が行われ、一時期は地方小都市における再開発成功事例として注目を集めるも、その後の過疎化・少子高齢化の進展、郊外型店舗の進出によって、現在中心市街地は衰退しつつある。その他、寒川(さぶかわ)地区は限界集落となってしまい、現在は全く居住者がいなくなってしまっている。寒川地区に居住者がいたことは寒川地区の人々の暮らしぶりを記録した映画『寒川』でのみ知ることができる。この映画は限界集落の現状を隈なく記録している。
宮崎都市圏の拡大・道路等の整備によって西都市南部では宮崎市のベッドタウン化がわずかながら見られるが、人口は減少傾向にある。
2001年(平成13年)に東九州自動車道の西都IC - 宮崎西IC間が開通し、2010年(平成22年)には高鍋IC - 西都IC間が開通した。

1889年(明治22年)5月1日 - 町村制施行により、現在の市域にあたる場所に児湯郡上穂北村・下穂北村・都於郡村・三納村・三財村・東米良村が発足。
1924年(大正13年)
4月1日 - 下穂北村が町制施行して下穂北町となる。
8月1日 - 下穂北町が妻町に改称する。
1955年(昭和30年)4月1日 - 妻町と上穂北村が新設合併して西都町が発足。
1958年(昭和33年)
4月1日 - 西都町と三納村と都於郡村が新設合併して新たに西都町が発足。
11月1日 - 西都町が市制施行して西都市が発足。
1962年(昭和37年)4月1日 - 西都市が三財村と東米良村の一部を編入。東米良村の他の地域は木城村へ編入。

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Quelle: Text: Wikipedia – „西都市“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: Sanjo, Public domain – Wikimedia Commons