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阿久比町: 歴史

阿久比町: 歴史

「あぐい」という地名は飛鳥時代から確認できる古い呼称である。最古の記録は、藤原宮跡から出土した甲午年(西暦694年)の木簡で、「知多評阿具比里」と記されている。8世紀前半から好字二字令により「英比」の二字で「あぐい」と訓じられるようになったらしく、平城京出土木簡に「英比郷上村里」とある。10世紀成立の『倭名類聚抄』には知多郡の郷の一として「英比」が挙げられている。鎌倉期から戦国期の史料には「英比郷」の名が散見され、周辺一帯の広い地域を指していた。「阿古屋」「安古居」など様々な用字で書かれた。英比郷はもとは国衙領であったらしいが、領主が次々と変遷しており、国衙領としての実態は失われていた
。
中世の後期、この地の支配者として久松氏という菅原姓を名乗る武士が歴史に登場する。久松氏の系譜によれば、久松氏が当地に根付いたのは南北朝時代に後醍醐天皇に仕えた菅原定長の子、定範が尾張国知多郡目代に任ぜられて英比郷に土着したのに始まるといい、久松の名字は、定長の先祖である菅原雅規が幼名の久松麿を名乗っていたとき、901年(昌泰4年)1月に祖父の菅原道真が失脚したのに連座して流された先が尾張国の英比であったという縁によるとされている。
久松氏は16世紀中頃の織田信秀・信長父子の時代には、緒川(現在の東浦町)を本拠地とする水野氏の傘下にあった。坂部城主である久松俊勝は、水野忠政の娘で松平広忠と離縁させられた於大を妻とした。のちに於大と先夫との間の子である徳川家康が織田氏と同盟を結んで独立の大名になった縁から、於大が俊勝との間に生んだ息子たちは徳川氏に仕えて当地を離れ、江戸時代には譜代大名になった。一方、阿久比に残った久松俊勝の長男信俊は、1577年(天正5年)に当時、織田信長のもとで尾張南部の諸将を統率していた上司の佐久間信盛の怨みを買って殺され、阿久比の久松氏は断絶している。
江戸期には、現在の町域には横松、萩、宮津、板山、福住、白沢、草木、卯之山、坂部、稗之宮、椋原、角岡、矢口、高岡、植、大古根の諸村があった。これを俗に「英比谷(又は阿久比谷)16か村」と呼ぶ。なお現在の大字阿久比は江戸期の稗之宮村を前身とする。これらは明治の合併により阿久比村となり、またこの時に「あぐい」の用字として「阿久比」が定着する。1889年(明治22年)10月には、阿久比村、上阿久比村、東阿久比村の3か村に分かれていたが、1906年(明治39年)5月に再合併した。人口の増加により、1953年(昭和28年)1月1日に阿久比村は町制施行して阿久比町となった。

== 行政 ==

田中清高(2022年12月18日就任、1期)

=== 庁舎 ===

近い将来想定されている東海地震・東南海地震・南海地震に備え、1959年築の庁舎の老朽化や耐震不足などの耐震性調査を行ったところ、基準値を大幅に下回ることが判明し、新庁舎建設の必要性が高まった。2017年(平成29年)3月を工事完成目標として、2013年(平成25年)12月より、中央公民館南館の解体工事から順次進められた。
2017年3月30日に以下の3施設が完成し、完成記念式典と内覧会が行なわれた。存置となった中央公民館からレストラン棟までを「縁側テラス」と名づけられた白いテラス(阿久比川を表している)で結ぶように繋いだデザインとなった。

庁舎棟(他施設より先行して建設が開始され、役場業務が滞らないようギリギリまで旧庁舎で業務を行い、年末年始の休み中に引っ越し、2016年1月4日に竣工式が行われ、旧庁舎解体工事に取り掛かった)
多目的ホール「アグピアホール」
カフェ&レストラン「桜坂」
また、同年4月8日には、リニューアルされた庁舎前広場周辺を使って完成記念行事(町内の山車勢揃い祝い込み・餅つき・餅投げ)が行われ、「アグピアホール」こけら落とし記念コンサートとして、ケイコ・リー(阿久比高校卒)によるジャズコンサートが催された。

東部知多衛生組合

南の半田市との編入合併を推す意見もあったが、2004年12月26日に、合併特例法に基づく半田市との合併協議会設置の賛否を問う住民投票が実施され、その結果、反対多数となり、協議会は設置されないこととなった。結果、中部国際空港を生かした知多半島10自治体合併構想は、1つも実現しなかった。

2019年現在、姉妹都市・提携都市は存在しない。

フレンドシップ相手国
2005年に開催された愛知万博では「一市町村一国フレンドシップ事業」が行われた。名古屋市を除く愛知県内の市町村が、120の万博公式参加国をフレンドシップ相手国として迎え入れた。

ソロモン諸島

町をあげて1983年(昭和58年)より様々な取り組みを行い、「自然と人間の共生 ホタルを守ろう」を合言葉に「ホタル飛び交う住みよい環境づくり」を目指し、町民の協力による町内全域にわたる生息分布調査や町内の小学校での人工飼育、「ふれあいの森」内の「ホタル養殖場」での調査研究を行っている。1994年(平成6年)7月1日に町制50周年記念事業として開催された「ほたるサミットあぐい’94」を記念し、翌年より同日を「あぐいほたるの日」と制定した。

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Quelle: Text: Wikipedia – „阿久比町“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: Hide-sp, CC BY-SA 3.0 – Wikimedia Commons