水巻町: 歴史
かつては産出される石炭を元にした鉱工業が盛んであり、日本炭礦が経営する日炭高松炭鉱(日本炭礦遠賀鉱業所)があった。しかし、エネルギー革命の影響を受けて炭鉱業は急速に衰退し、1969年(昭和44年)には日炭が撤退して税収が激減した。最盛期の1960年代初頭に約3万5000人に達した人口は、炭坑閉山が進むとともに減少を続け、1970年(昭和45年)には過疎地域に指定された。しかし、日本炭鉱古賀社宅跡地を住宅都市整備公団(当時)梅ノ木団地として再開発した事を筆頭に、北九州市に近接する地の利を生かして同市のベッドタウンとして発展し始めたことで人口は増加に転じ、過疎地域指定は1990年(平成2年)に解除された。同年以降、人口は漸増傾向にあったが、2005年(平成17年)の国勢調査で再び緩やかな減少に転じている。2015年時点の人口は約2万9千人であり、遠賀郡では岡垣町に次ぐ規模である。町域の大半が市街化されており、人口密度は2500人を超えている。隣接する北九州市より高く、同市最多の人口の八幡西区とほぼ同水準である。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、遠賀郡水巻村が発足する。
1940年(昭和15年)2月11日 - 水巻村が町制施行して水巻町が発足する。
1961年(昭和36年)10月1日 - 鹿児島本線水巻駅が開業。
1962年(昭和37年)6月28日 - 吉田宮尾の採石場で崩落事故。7人が死亡、11人が重軽傷。住宅7棟が半壊。
1970年(昭和45年) - 過疎地域に指定される。
1988年(昭和63年)3月13日 - 筑豊本線東水巻駅が開業。
1990年(平成2年) - 過疎地域の指定が解除される。
2012年(平成24年)9月 - 町内全中学校の給食を開始する。