Heimatgeschichte · Ginan ·

岐南町: 歴史

岐南町: 歴史

=== 国・郡の変遷 ===
桃山時代まで、木曽川は現在の境川筋を流れ、それより南側にあった現在の岐南町域は尾張国葉栗郡に含まれた。木曽川は天正14年(1586年)の大洪水で流路が変わり、南方に変遷した。豊臣秀吉は新たな河道を尾張国と美濃国の国境とし、尾張国の葉栗郡、中島郡、海西郡の各一部を美濃国に編入した。美濃国に編入された葉栗郡は羽栗郡と表記されるようになり、1896年(明治30年)に羽栗郡と中島郡が合併して羽島郡となった。

昭和の大合併で、笠松町、下羽栗村、上羽栗村、八剣村、柳津村での合併を目指すも頓挫し、岐阜市との合併は岐阜市の都合で白紙となる。最終的に下羽栗村、上羽栗村、八剣村での合併を協議したが、下羽栗村は笠松町との合併を選択した。残る2村が合併を決定し、岐阜市の南部に位置することから名称を岐南村とする。岐阜県告示第405号で、1956年(昭和31年)9月26日に岐南村となることが告示された。
岐南村として合併が告示されたのち、町として要件が整う。岐阜県は告示第468号で町制施行を追加し、町制施行を1956年10月1日とした。岐南村は、9月26日から9月30日の5日間、存在した。岐南村の成立時は行事せず、1956年11月3日に岐南町町制施行記念祝典を催した。

平成の大合併で羽島郡4町の合併を目指したが、柳津町の反対で頓挫した。川島町とともに各務原市との合併協議に参加したが、住民投票を実施して協議相手を岐阜市へ変更する。羽島市の住民投票を経た協議離脱や岐阜市椿洞での産業廃棄物不法投棄の発覚を受けて合併協議から離脱し、単独町政を決めた。

1956年(昭和31年)
9月26日 - 羽島郡八剣村と上羽栗村が合併して、羽島郡岐南村が発足する。
10月1日 - 町制施行して、羽島郡岐南町となる。

== 人口 ==
2020年の国勢調査による人口の増加率は+5.11%で、岐阜県内の市町村で最多の増加率である。65歳以上の高齢化率も、岐阜県平均の30.6%に対し22.8%で、岐阜県の市町村で3番目に低い。

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Quelle: Text: Wikipedia – „岐南町“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: まも, Public domain – Wikimedia Commons